阿部圭吾「海と祝祭」『アルテリ』9号,2020.2
謎の多い歌。だからこそ、読み応えのある一首。
初句、「言祝ぎを」からの一字空け。
その内容は隠されたままですが、この一字空けによって齎される間、
あるいはその操作によって生み出される不思議な空間のおかげで、
わたしたちは語り手が発したであろう「言祝ぎ」を想像することができます。
つづく「海から海へ発ってゆく」、その動作の主体として下の句のはじめに「鳥」が登場することで、
上の句までの「海」の場面から〈空〉へと、視点がダイナミックに切り替えられるのがわかります。
それはまるで、ほんとうに「鳥」が飛び立つような躍動感をともなって。
さらに、ここで最終的にフォーカスの当てられるのは「それぞれが持つ二本足」。
「発ってゆく鳥」という言葉によってわたしたちに差し出される景は、おそらくは翼の羽ばたきのほうですが、
ここでは敢えて、その「足」に目が向けられている。
地上ではとことこ歩き、海では必死にみずをかいていたであろう「二本足」が、独特の存在感をはなちながら、空とこの歌の空間に置きなおされているのです。
「言祝ぎ」のなされる世界、「海から海へ発」つ世界、そしてどの空間にもじつはずっと在り続ける「二本足」。
いくつもの視点のレイヤーが重なり合うことで、地に足の着いた解釈からふわりと解放されるような、不思議な空間を生み出しているテクニカルな一首です。