並べ置くヱビスビールの空き缶の中に厨の闇の溜まれり

上妻朱美『姶良』砂子屋書房,2021年

 

なにはともあれ、これはヱビスビールだな、と思う。

ヱビスビールの缶は、ひかりを滑らかに反射する金色で、YEBISUとロゴが入っていて、鯛を抱えた恵比寿様が微笑んでいる。ヱビスビールはちょっとだけいいビールというイメージがある。「並べ置く」とあるので、複数缶を飲み終えている状況だろう。空き缶を置く主体の動きが像を結ぶ。

来客があったのかも知れないし、ちょっとしたいいことがあったのかも知れない。そんなことは全然関係ない日常のひとコマかもしれないのだけれど、並べられたヱビスビールからはほんのりと祝祭感のようなものが漂う。

下句では厨の闇がヱビスビールの空き缶の中に溜まっていると提示される。「並べ置くヱビスビールの」までの明るいイメージが、「空き缶の」で小さく転調して下句の闇にいたる。同時に、「空き缶の」で一度中身のビールは消滅し、下句で闇に満たされる。金色に輝いているヱビスビールの缶のイメージがスゥーっと暗さを帯びて、少しだけ不気味な感じがしてくる。缶のおもてで笑っている恵比寿様。それが仄暗いキッチンのすみに何柱もいるのを想像すると、福神である恵比寿に翳りが生まれて、どこかひんやりとした印象を受ける。

ハレとケ、祝祭とその後の静けさ、空き缶を満たすビールと闇…。一首から感じられる対立軸がいくつかあって、そのうち少なくない割合がヱビスビールという固有銘柄から生じているように思う。スーパードライや一番搾りをヱビスビールに代入しても表面上の歌意は変わらないが、一首の魅力は減じてしまう。

 

くれなゐのキリンラガーよわが内の驟雨を希釈していつてくれ/田村元『北二十二条西七丁目』
しみじみとわれの孤独を照らしをり札幌麦酒さつぽろビールのこの一つ星/荻原裕幸『青年霊歌』

 

たとえばこれらの歌が、その銘柄の力で一首のちからを強固にしているように、掲出歌もヱビスビールだな、と思う。そして、ヱビスビールを飲むたびに、ヱビスビールの空き缶を並べるたびに、この一首を思い出してしまうのだ。

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