途切れがちな会話を続けるために飲む真冬の銀河高原ビール

齋藤芳生『花の渦』現代短歌社,2019年

 

美しい下句だなと、まず思う。

上句から読み下すとなんとなく室内にいるような気はするんだけど、下句から湧き上がるイメージは雄大だ。「真冬の銀河/高原ビール」という句またがりによって、まず真冬の星空を思い浮かべ、そのあとで高原の広がりが像を結ぶ。満点の冬の夜空の下で、銀河高原ビールの青い缶を持っているようなイメージが湧く。『銀河鉄道の夜』の世界のイメージもうっすらと背後にあって、真冬の澄んだ空気の中で、だれかとぽつりぽつり喋りながら缶ビールを飲んでいる、そんな錯覚をしてしまう。

上句の解釈はたくさんルートがあるように思う。ふたりが対面している、何人かでどこかにいる、誰かと電話をしているなど、様々な場面が想定される。相手と主体の関係や「ために」の取り方、主体がいる場所の解釈にもかなり幅が生まれるだろう。その多様な解釈は美しい下句に収斂する。下句は飲んでいるビールの銘柄を述べているだけなのだけど、「銀河高原ビール」という固有名詞と「真冬」の取り合わせが本当に決まっていて、上句の多様な解釈を受け止め、一首の歌として屹立する。

 

銀河高原ビールは、元々は岩手県沢内村の地ビール。一般的な金色のビールと比べて、少し濁りがある。その味は苦味が少なく、香りはフルーティー、甘味とコクがある。控えめに言って、とても美味しい。銀河高原ビールは、紆余曲折を経て、現在は長野県のクラフトビールメーカーであるヤッホーブルーイングが親会社となっていて、生産も同社が行っている。最近ではコンビニにも置いてあったりする。
掲題歌の掲載されている四部には、2019年という題が付されている。現在、銀河高原ビールは長野県で製造されているが、2020年春までは岩手県の沢内醸造所で製造されていたので、作中に登場するのは岩手県で作られた銀河高原ビールだろう。『花の渦』には「東北」を主題に据えた歌が多く収められていて、この一首の「銀河高原ビール」が東北で作られていることがとてもふさわしく思われる。

何よりも、「銀河高原ビール」が生み出される場所は、岩手県こそがふさわしい。

 

みちのくの春とはひらく花の渦 そうだ、なりふりかまわずに咲け

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