草もえろ、木の芽も萌えろ、すんすんと春あけぼのの摩羅のさやけさ

『樹下集』前登志夫

「草萌えろ、木の芽も萌えろ」と草木に呼びかけ囃し立て、春が来た喜びを歌う。つづく「すんすんと」というオノマトペも子供の言葉のように素直な響きだ。そこから湧き上がってくるのは、たとえば『万葉集』の東歌のような大らかな声の響きといってもいいだろう。それに連なって、「摩羅のさやけさ」も同じように古代的ないのちの輝きを帯びてくる。作者ひとりをこえたいのちへの謳歌が聞こえてくるのである。
この一首の独創的なところは、まぎれなく、「すんすんと」と「摩羅のさやけさ」の間に挟んだ「春のあけぼの」という和歌的な一句だろう。「春のあけぼの」がもつ伝統的な優雅な言葉を転倒させて、結句で野生のエネルギーの芬々とした世界を一挙に引き寄せる。そうして「春あけぼの」に、いのちと神秘をたずさえた表情を蘇らせるのである。一九八七年刊。

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