大松 達知


灯台に白きちいさき柵の見ゆさっきまで手が握りていたり

吉川宏志『西行の肺』(2009)

 

 吉川宏志のから一首を挙げるとすると、どれになるのだろう。

 わからないから、本棚からエイヤッと最新歌集を抜き出し、エイヤッと開いたところの歌を挙げてみる。

 

 どこかの灯台に登って降りてきたところ。

 見上げてみると、自分が握っていた柵が見えるという。「さっき」でなく「さっきまで」と言うから、一定の時間(5分とか、10分とか)握っていたようだ。

 また、「わが手」でなく「手」と言ったところが不思議な感じ。自分のものではない、この世の人の、或る手、という感覚がすこし混じる。

 確実に時間は前に進み、自分が少し過去にいたところには自分はもういない。

 しかし、自分がそこにいた痕跡は何かの形で残っている。それが自分だけに秘められた記憶だとしても。

 幽体離脱というほどではなくても、自分の分身がそこにいる感じ。

 この場合、上下の構図が分かりやすいし、灯台の周りには大きな建物がないこともある。落下して命を失う危険から身を守ってくれた柵(手摺りのようなものか)への親近感もあるだろう。

 吉川らしい視点の細やかさのある秀歌であると思う。