黒瀬 珂瀾


ちちははの生の緒しぼむ寒き昼うどん煮る湯が噴きこぼれたり

小島ゆかり『さくら』

自分を産み、育ててくれた父母。自分よりも大きい存在だった父母は、いつかは自分よりも小さい存在となる。それが、親を看取るということだ。

命を意味する古語「玉の緒」からの連想だろう「生の緒」は、「せいのを」だろうか、「いきのを」だろうか。前者とは思いつつ、個人的には後者で読んでみたい。緒が本当に、生きることの尾っぽのように思えてくるからだ。

冬の寒い昼餉時、父のためのうどんを煮込む。弱りゆく家族に供する食事として、うどんはいかにもふさわしい。いのちの「緒」がうどんのように、白く、細くなっていくのを見つめる作者。そうしてめぐる思いに気を取られたのか、うっかりうどんの鍋を噴きこぼさせてしまう。慌てて火を止め、うどんを盛りつけるのだろう。湯が噴きこぼれたように、命をこぼしてゆく父のために。

 わが父に<要介護4>の通知来ぬ「4」は小さなヨットのかたち

 一人子のわれのかなしい幸福は認知症の父を一人占めする

 山茶花は陪審員のやうな花この老人をどうするどうする

看取りの日々の中に抒情を見いだそうとする小島さんの声は、なにか、自分を奮い立たせてもいるようで、切ない。しかしそれもまた、目の前の存在を、そのまま包み込み、さらに解きほぐすような感性があっての技だろう。

 宍道湖の水なめらかにうねりつつ貝のにほひの冬のあけぼの

冬の宍道湖のしじみという小さな存在を抱きとめる、この小島さんの感性がやはり、本歌集の看取りの歌を産んでいるのだと思う。

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