溜められし雨水に残る死のにおい凡庸のわが庭に撒かるる

棚木恒寿『天の腕』(2006年)

鬱屈たる気分を湛えた1首である。ばけつなどに雨水を溜めておいて、雨の降っていない時の乾いた庭に撒くことがある。溜められた水の動きのなさ、淀んだ雰囲気に作者は死のにおいをかぎとる。「凡庸のわが庭」は、庭のイメージでありながら、言わんとするのは「凡庸に生きる私」のことだろう。水が撒かれるように少しずつ、「わが庭」は死のにおいのする水を吸収しつづける。凡庸の日々が死へと続くことを予感し、かすかな恐れを抱いている1首だ。

 

  ちから、言わばぬかるむ道をつくる雨ひっそりと僕を誘(いざな)いてゆく

 

同じ歌集から、雨の歌をもう1首。ひそやかな、雨という「ちから」が道を、それもぬかるんで不定形な道を作る。「僕」はその道に「誘われてゆく」と受け身で表されている。自ら道を選んで歩くのではなく、いつの間にかつくられてゆく道に、知らず知らずのうちに誘い込まれているというのだ。雨はけっして、強引な「ちから」の姿をしていないけれど、抗うことができないひそやかな「ちから」で、「僕」を確実に絡めとっていく。そのように生きざるを得ない鬱屈と、それを知りながら歩みをやめぬ人の姿を象徴的に詠う印象的な1首だ。

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