黒瀬 珂瀾


終夜業とどろく露天の工場に立ちつつ思ふ突撃のさまを

相澤正『相澤正歌集』

夜中も休まず、作業を続ける工場。夜にもかかわらず、機器からは轟音が鳴り響く。「露天」とあるから、天井が無く、壁だけで仕切られた工場だろう。一見、作者は工場の中に立っているようでもある。しかし、許可を得てわざわざ夜間に見学したわけでもあるまい。やはり、工場の前に立ち、轟音に震える壁を茫然と見上げているような状況ではないか。だから、わざわざ「露天」ということを強調しているのだろう。工場内部の轟音が、工場の外にまでそのまま響いてくる。

この相澤の一首は昭和11年の作。恐らくは師匠・土屋文明からの影響がある。文明の『山谷集』(昭和6)には、「小工場に酸素溶接のひらめき立ち砂町四十町夜ならむとす」「吾が見るは鶴見埋立地の一隅ながらほしいままなり機械力専制は」といった、一種のモダニズム的、新興短歌的な感覚を導入した工場詠がある。以下、相澤の掲出歌を含む一連「錯覚」の歌を引く。

    夕明り白々のこり居るごとき吾が錯覚が一夜つづきぬ

    群がりて鉄材はこび行く見れば老いし人夫の声をあげつつ

    芝浦の港の空地かこひたる中をし見れば春草の萌ゆ

これを読むと、文明の試行に影響を受けつつも、景に自意識を投影させ、より強い抒情を求めた点に、相澤の独自性があるようだ。そして、冒頭に挙げた掲出歌ではその抒情は「突撃のさま」という感慨によりピークを迎える。この時点では相澤は戦場を経験していないが、昭和7年にはかの「爆弾三勇士」が喧伝されるなど、軍国体制が強まるにつれ、小説に、雑誌に、映画に、様々に「突撃」のイメージは世に溢れていただろう。

それにしても、さびしい歌だ。暗い夜空を背景にして、露天の工場からは光があふれる。夜の底に立ち尽くす作者を、機器の鈍重な轟音と震動が包む。そこで作者は、戦時生産体制にある世の姿を思っただろう。映画などで見た「突撃」のイメージが、轟音の中に立ち現れる。まるで、この工場、この夜、この世相すべてが突撃してゆくようだ。戦争に対する、名状できない批判の心があったのだろうか。そして昭和19年、「戦争には、最も遠い立場の一人」(土屋文明)であったはずの相澤は、中国で戦病死を遂げる。