カナリアの羽ぬけかはる夏となりとまり木の上にひと日黙せり

有沢螢『朱を奪ふ』(2007年)

カナリアはアトリ科の飼い鳥。
16世紀にスペイン人が、アフリカ北西方のカナリア諸島から原種を持ち帰ったのが最初だといわれる。
その後ヨーロッパ一円に広まり、品種改良がすすめられ、ドイツでは鳴き声のよいローラーカナリアが、そしてイギリス、オランダ、アメリカではそれぞれ姿のよい、スタイルカナリア、巻毛カナリア、レッドカナリアがつくりだされた。
日本には18世紀の後半に長崎から入った。

カナリアは晩夏から秋にかけて換羽期を迎えるが、飼育下では年に二回から数回、換羽期のある場合もあり、晩春から梅雨の時期に羽根のぬけかわることも多い。
全身の羽根が落ちて生えかわるこの時期は、鳥にとって大変に体力を消耗する時期で、ふだんはしきりに囀るカナリアもこのときは鳴かなくなる。
そして、このときに落鳥する、つまり死んでしまう危険も高いという。

籠のカナリアは、いま渾身の力をしずかに振りしぼり、命がけで季節を乗り越えようとしている。
ときとして、ひともそのような時期をむかえることがある、という隠れた箴言を、一首から読み取ることもできる。
実際、同じ連作には、主人公自身の手術が決まったことを記す歌もある。

一首には、上句にも下句にも形式上の主語はない。
補うとすれば、上句の主語は、季節は、下句のそれは、カナリアは。
たぶんそれらが省略されているせいだろう。
ひとりの主人公が、羽根を落とすカナリアの身のうちにすっぽりと入って、ちいさなからだに訪れた容易ならざる変化を、一身に受けとめているような凄みが一首にはある。

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