君一人置きしベンチに近づきて横顔はかくも侵し難かり

吉野亜矢『滴る木』(2004年)

「君一人置きしベンチ」という初句、「侵し難かり」の結句。そのどちらの表現にも翳があり、こいびとに対するときの屈折した心情を感じる。

「君」に近づいていくのではなく、「君」が腰をおろしている「ベンチ」に近づく。
「君」そのものをとりあげるよりも、「君」に纏わる事物をじっくり詠みこんだときのほうが、
そのおもいの粘りのようなものを伝えてくるばあいがよくある。
ここでも、ただひとりの「君」を置く「ベンチ」がクローズアップされる。
すると「君」の身体や、近づくことによって騒ぎはじめる気持ちがより現実にちかく感じられるような気がしてくる。

そんな「君」の「横顔」。
はじめは遠くからみえていた「ベンチ」に腰かけている「君」のぼんやりした輪郭が、近づいていくとくっきりしはじめ、やがて「横顔」の表情が見えた。
―ああ、ひとりでいるときの「横顔」のすずしさを見てしまった。
それはちょっと、声をかけにくい、さびしいまでに穏やかな表情。

「侵し難かり」とつぶやきながら、あらためて「君」への愛をかくにんしているようだ。

つつましく愛を受け取る器なれペンギンと向き合う君の横に

むりやりにこちらを向かせようとするのではなく、しずかに横にいて、横顔をのぞいるひと。
芯のつよそうな、恋敵になったらとてもかないそうにないひとだなあ♪

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