生まれつきのことなんだから 凍ったりする 離さずにゆめの女の人のにおい

瀬戸夏子 「町」3号(2010)

 

※同人誌「町」概要は3月12日の更新参照http://www.sunagoya.com/tanka/?p=7338

 

「町」3号は、2010年6月刊。企画・編集は吉岡太朗。望月裕二郎が欠詠している。表紙には、色とりどりの絵の具で描いた線や点が踊る。これは、町民(同人)たちが一枚の白い紙を囲み、互いに会話するように描いていったものだという。

この号では、各自が連作(歌の数は自由)と、「連作評」(ある歌人の連作をまるごとひとつ引用した上で、それを批評するもの)を書いている。

 

 

瀬戸夏子は、「イッツ・ア・スモール・ワールド」25首と、穂村弘の連作評〈「手紙魔まみ、イッツ・ア・スモー・ワールド」、あるいはふたたび書き換えられた『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』の結末について〉を発表している。連作のタイトル「イッツ・ア・スモール・ワールド」は、東京ディズニーランドのアトラクションの名前でもあり、穂村弘の連作「手紙魔まみ、イッツ・ア・スモー・ワールド」を意識した名前でもあり、また、文字通り「小世界」の創出という意味も込められているのだろう。

まず、一首だけを読んでみる(連作では12首めに置かれている)。一字空けで分断された「生まれつきのことなんだから」「凍ったりする」「離さずにゆめの女の人のにおい」の三つのパートは、それぞれ別の文章の一部分を切り取ってつなげてあるようだ。しかし、試みに「生まれつきのことなんだから(諦めよう)」「(寒い地方では野菜を屋外に放置すると朝)凍ったりする」「離さずに(いる、)ゆめの(中で感じた)女の人のにおい(を)」などと、あれこれ補ってみても、三つのパートをひとつの文脈でつなぐことはできない。三つのパートの語り手が同じ人なのかもわからなければ、会話の一部なのか文章の一部なのかすらも判然としない。

連作冒頭からの6首を見てみよう。

 

  薄目をあけているくまを横目に見てあるくもうひとり ちがうって

  気にしなくていい プライドを可愛がる頭のなかで ゆっくりしていって

  謳歌して 行く先のない 緑色にふちどられた境遇でも くまのプーさん

  気まずい怒り キキララでもキティでも ないんだから 期待してる

  やさしい日本人として英語だけ話していたい 昼寝のかたすみで

  ちゃんと野菜として大根おろしをたべる おしゃれで頬をくっつける

 

「薄目をあけているくまを横目に見てあるくもうひとり」というト書きのような状況説明。しかし、「もうひとり」とは誰なのか。「ちがうって」は、一字空け以前を否定しているのか、それとも、全く別の文脈なのか。読者は、一首目からいきなり困惑させられることになる。

一首目に登場した「くま」は、三首目で「くまのプーさん」として、再び現れる。それでは、四首目の「キキララでもキティでも ないんだから」とは、「プーさん」を指しているのか。この物語は、ミッキーやミニーや白雪姫に囲まれて気まずそうなプーさんをめぐって展開されていくのだろうか(注:ディズニーキャラクターの中にプーさんがいるのは何となく場違いな印象があるのだが、石川個人の偏見かもしれません)。

しかし、そのように無理矢理キーワードを掻き集めて読み進めようとしても、五首目の「やさしい日本人として英語だけ話していたい」辺りで手詰まりになってしまう。……大根おろし?

 

一見支離滅裂なこの一連を目にして、シュルレアリスムにおける自動筆記を連想する人もいるかもしれない。が、ここで試されているのは全く別種のものだと思う。自動筆記が無意識を引き出そうとする試みであるのに対して、瀬戸夏子の歌は、極めて意識的に意味を分断し、一首の意図を、連作の横のつながりを、連作の奥にあるストーリーを、全力で読み取らせまいとしている。

ディズニーランドの「イッツ・ア・スモール・ワールド」では、世界各国の民族衣装をまとった人形たちが各国の言語で「せかいはまるい、ただひとつ」と歌い上げる。一方、瀬戸夏子がこの連作で創出した「スモール・ワールド」に、世界共通の歌など存在しない。また、日本人だから日本語で歌う、といった単純な世界観も通用しない。徹底した「反・イッツ・ア・スモール・ワールド」、徹底した「反・一首」、「反・連作」の形が、ここにはある。

容易に快楽を手渡してくれないこの文体を、読者として愛せるかどうかは難しいところ。というか、率直に言えば私はかなり居心地が悪い。若干ハッタリめいた印象があって、評価に戸惑う部分もある。しかし、瀬戸夏子の中に渦巻く強い「反」の心が、一連の強いエネルギーにつながっていることは確かだと思う。

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