江戸 雪


ゆふがほのひかり一滴露けくて永遠(とは)にわれより若き恋人

河野裕子『森のやうに獣のやうに』(1972年)

ユウガオの花は、白くて、夏の夕方に咲いて朝になるとしぼむ。夏の夜にそっと咲いている花。

そして「ゆふがほのひかり一滴露けくて」のフレーズは、とても幻想的だ。
「ゆふがほのひかり」とは、ユウガオが放つ白い光なのか、ユウガオが夕陽に照らされて反射しているのか。
「一滴」は、輝く花一輪を滴ととらえているのか、光そのものを滴しているようにとらえているのか、そのどちらでもないか。
その「ひかり」「一滴」が「露けし」というのは、みずみずしく光っているということなのだろうか。
こんなふうに言葉をなぞるように読んでいく。
すると言葉ひとつひとつが複合的にからみあって、言葉以上の空間が広がり深まっていく瞬間がある。

しかしおそらく、「ゆふがほのひかり一滴露けくて」にはそんなに意味はなくて、
すべては「若き恋人」につながっていくのだ。
ひとは誰もがおなじように齢をかさねる。だから、年下のひとは年下のまま。「恋人」よりはやく生まれたというなんでもないことにも、なんとなくさびしさを感じたり、なにか意味のあることのようにおもえる。

ずっと、死ぬまで、「永遠に」、みずみずしくひかる存在。その喜びと翳り。
それも恋だ。