棚木 恒寿


八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る 其の八重垣を

 

                                『古事記』

 

 高校の国語の教科書にも必ず載っている記紀歌謡の歌である。「古事記」と「日本書紀」ではやや異動があるので、今手元にある「古事記」から引用した。この一首、速須佐之男命の歌であり、高天の原から追放されて出雲に進み、八俣の大蛇退治をしてのち、櫛名田比女を娶って出雲に居を構えようとしているときに歌われたものということなっている。

 なんといっても、八雲、出雲、八重垣のリフレインの調子の良さが、どことなく口をついて出た言葉のような感じで心地よい。「古事記」という一つの物語の中の歌であるが、どこか人間モデルとしての速須佐之男命の発した言葉のように感じられる。父である伊邪那伎命に追放され、頼った姉の天照大御神にも理解されず、行き着いた先の出雲で八俣の大蛇を退治して、ようやく定住の地と伴侶を見つけた喜び。そのときの感情が口調から出てきているようである。今、妻のための八重垣を作っているぞ、ということを「八重垣作る 其の八重垣を」という風に何度も確認しつつ、感情か昂っているのであろう。速須佐之男命の一つの主体としての感情が素直に出てきているように思われるのである。

 正直なところ古典は苦手で、これは現代歌人によるわがままな読みなのかもかもしれない。その危惧を踏まえた上で、「古事記」の地の文と比較して、この作には感情のある主体としての速須佐之男命の素顔が見えているような感じがあることを指摘しておきたいと思う。「古事記」に出てくる最初の歌だが、そこにすでに、人間の顔が見えているようなのである。

 

倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

 

命の 全けむ人は 畳薦(たたみこも) 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髷華(うず)に挿せ 其の子

 

                                『古事記』

 

 倭建命の作とされるもの。東征に成功し、国づくりに大きな力を発揮した倭建だがここでは、旅の途中で死の床に臥せっている。はるか離れた国を思って「倭うるはし」と率直な感情を歌い上げる。次の歌は、通釈すると、生命力にあふれている若い人よ見なさい、平群の山の熊樫の葉を頭にさしなさい、その若人よ。というくらいになるのだろうか。命や若さをいと惜しむ気持ちはすこやかだ。

 物語のなかの登場人物に、そっと人間らしい感情を吹き込んでゆくこと。そのような効果が歌にはあるような気がするのである。