石川 美南


ゴリキーのいのち果てしはきのふにて今日は日食にこころいきほふ

半田良平『幸木』(1948)

 
1週間前。池袋駅で日食グラスが300円で売られているのを見かけるも、「一応天気予報を確認してから買おう」というケチな根性でスルー。

3日前。日食グラスを買おうと幾つか店舗を回るも、軒並み売り切れ。焦り始める。

1日前。近所の量販店等にも一切在庫なし。「本当に見たいならもっと早く買っていたはずだ」と自分に言い聞かせ、落ち込む気持ちを無理矢理封じ込める。

当日。朝起きると曇り。どのみち日食グラスを持っていないのに、なぜかひどくがっかり。出勤中、空を見ながら歩く。いつも犬を連れている電気屋のおばさんが、犬を連れずにグラスを持って「全然見えないわねえ」と嘆いている。確かに全然見えないけど、雲は雲で美しいものだな、などと負け惜しみめいたことを考えていると、畑道に差しかかった辺りで俄かに雲が途切れ、うっすらと金の輪が見えてドキッとする。振り返って「おばさーん、見えましたよう」と叫ぶが、おばさんはもう家の中に入ってしまっている。私ももっとよく見たいけれど、日食グラスを持っていない。直接見テハイケナイ。直接見テハイケナイ。誘惑に負けないよう、ことさらに俯きながらバスに乗り込み、俯いたまま駅に向かう。なぜだか動悸が収まらない。

……というのが、今回の金環日食の過ごし方でした(長くてすみません)。見たいなら早いうちから準備する、見なくて良いならさっさと諦める、はっきりすればいいものを、どっちつかずのまま右往左往する自分が、実に面倒くさい。が、雲越しにうっすらと見た日食は、本当に美しかった。
 


 

1936年6月19日の午後、鹿児島から北海道にかけて、日食が観測された。特に北海道の女満別では皆既日食となった。半田良平の歌は、この時作られたものだ。

マクシム・ゴーリキーが死去したのは6月18日。訃報はすぐに日本にも伝わったらしい。ゴーリキーの死と日食、ニュースで知ったことを時系列で並べているだけなのだが、恐らくは失意のうちに亡くなったであろう作家と日食の取り合わせが、今読むと、妙に生々しく響き合っているように感じられる。

「六月十九日」と題された一連を全て引用しておこう(ルビは適宜省略)。
 

     多摩川べりの校舎にて

  ゴリキーのいのち果てしはきのふにて今日は日食にこころいきほふ

  雨蛙庭の立木に鳴き出でて日食の時刻(とき)は来向へるらし

  流れ飛ぶ雨雲の間に時ありて淡(あは)つけき日を見れば虧けたる

     日食のラヂオリレーを聴きて

  ラヂオリレーは関西の晴を告げながら照りつつ虧くる日をば讃へつ

  ラヂオリレーは浜松に来てとの曇り日の隠ろへる嘆きを訴ふ

  ラヂオリレーは女満別にゆき著(つ)きてあたりはいたく昃(かげ)り来しといふ

  月のめぐりに輝くコロナはさもあらばあれまたたきそめし星が恋(こほ)しも

  月のうしろに隠れしもしばし次ぎて聴けば日は右下より照りそめしとぞ

 
今ならテレビやネットでライブ中継するところだが、この頃の「ライブ」はラジオだったようだ(半田良平はこの年の2月に起きた二・二六事件も、やはりラジオから知っている)。

ラジオから聴こえてくる声をそのままスケッチしたかのような歌たちが、作者の興奮を生き生きと伝えている。