魚村 晋太郎


たそがれてゆく樹木らもしばらくは影暖かし人のごとくに

大谷雅彦『一期一会』(2008年)

影、という言葉にはいくつかの意味がある。まず、光。朝影とか、月影というとき、影、は光線を指す。それから、光によってものの姿や形が地面や水面に映ったもの。さらに、人影とか、鳥影、とかいうように、目に見える姿や形そのものを指すこともあるし、こころに思い浮かべた姿や、ものの印象を指すこともある。

作者には影を詠んだ歌が多い。頻出する影の語を、ひとつの意味に限定して読むとすれば、やはり、地面にできた影の意だろうか。しかし一首からは、樹の姿とか、印象というニュアンスも感じられる。一首は、冬の章に置かれている。夕陽が暖かい、というのではなく、樹の影の方を暖かだと言うところに、作者独特の感じ方があって面白い。しかも、人のごとくに、というのだ。

人というのは暖かな存在で、樹の影にそのような暖かさを見た、とも読めるし、人の影が暖かいように、樹もその影が暖かいのだ、とも読める。微妙な違いであるけれど、後者のように読んでみた。樹木らの影も暖かし、ではなく、樹木らも・・・影暖かし、と詠まれているところにそんなニュアンスを感じる。作者にとって人とはそんなに無条件に暖かな存在ではない、ような気がする。別の言い方をすれば、人の暖かさとは、葉を落とした冬の樹が地面におとすゆうぐれの影のようなものなのだ、と作者は言っている、ようにも思われる。だからいいんだよ、と。

時代や社会の反映をぎりぎりまで削ぎおとしたところで、自然、そして他者と向きあおうとする求道者のような面持ちは歌集の特徴だが、読者にはまた別の愉しみ方も許されるだろう。あまり忙しくないとき、たとえば、人を待っているときなど、この歌を思い浮かべながら樹の影を見ていると、いままで気づかなかった表情が、きっとそこに見えてくる。そして、それはあなたが気づかなかった、あなた自身の表情なのかも知れない。