悲し小禽つぐみがとはに閉ぢし眼に天のさ霧は触れむとすらむ

 

                          新井洸『微明』(1917年)

 

 小禽の死を悲しむ歌。まず、初句で堪えかねたように「かなし」と感情語が示されたあと、死んだつぐみの死の様子が描かれる。小禽であるつぐみの眼はさらに小さいが、その眼が永遠に閉じられる。主体の視線は繊細で、かつ、つぐみのごく距離にあるのだが、下の句ではそれが急に転換する。つぐみの小さな眼に大きな天のさ霧が触れようとする。視点がいきなり後方に引かれて大空が視野に入り、地上のちいさなつぐみの体が天上に上ってゆく感じだ。つぐみの体はいつの間にか大きくなって霧に触れてゆこうとするのようだ。現代ならば、この辺りの場面転換は映像やCGを見るようでもあり、なかなか大胆である。

繊細で、かつダイナミックなイメージがいかにも新井洸らしいといえるだろう。

 

 月読みのあかり露けき中空に鴟尾(しび)の甍(いらか)のまさやかに見ゆ

 

 「鴟尾」は瓦ぶき屋根の端につけられた飾りの一種。月の夜に、鴟尾だけがくっきりと、屋根を離れて中ぞらに浮かんでいるような映像が浮ぶ。天に昇っていったつぐみとイメージが似ていなくもない。「まさやかに見ゆ」は月夜の感覚にふさわしい。

 

 

 

 

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