一年を振り返りやがて口腔にひろがる路地を眺めていたり

内山晶太『窓、その他』(2012)

 
一昨日に引き続き、今日は第3章から。

この一年をじっくりと振り返るとき、口の中にひろがる酸味や苦味、そして甘味など。それらは、入り組んだ路地のように口中に広がって、語り手を呆然とさせる。
歌集中には、思考が内向きすぎてやや息苦しく感じる歌や、空想の広げ方がパターン化していてやや空虚に見えなくもない歌もあるのだが、この歌の場合は、内省と、そこから広がってゆく世界とのバランスが絶妙。自分自身の中にある複雑さや豊かさが十全に表現されていると思う。

 
  木香薔薇の花殻は枝にもりあがり触れたくて他者の柵にちかづく
 
「他者の柵」という言葉には、単によその家の庭の柵、という以上の意味があるのだろう。自分以外の人の領域に手を伸ばすことへの恐れ。それでも「触れたい」と願う心。上の句の具体描写が下の句に説得力を持たせているのは、言うまでもない。
 
その他、好きな歌(きりがないので、ほんの一部だけ)を挙げておく。
 
  少しひらきてポテトチップを食べている手の甲にやがて塩は乗りたり
 
  うつくしく、醜く老いてゆくことも光の当たる角度と思う
 
  藤の花に和菓子の匂いあることを肺胞ふかく知らしめてゆく
 
  とうふ油あげこんにゃくしらたき漂える夏の夜の夢のなかのデパート

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