棚木 恒寿


けぢめなく吾のこころのおどおどとしたる恐れよ電車にをりて

佐藤佐太郎『帰潮』(1952年)

「けぢめなく」は境目なく、間断なくらいの意味であろう。主体は、電車に乗っているといつもおどおどして恐れに襲われている。おそらくそれは理由のない恐れだ。人の集まるところでは心細くなるのであろう。衆人恐怖のような感覚といえば、分かりやすいかもしれない。
初句から四句目までは、具体的な像がない。「けじめなく」おどおどしたる心のことが、読者にとっては何のことか不明のままに描かれてゆき、「恐れよ」と詠嘆した後、結句で「電車によりて」というふうに場面が呈示される。ここで作者の立ち位置や場面が急に立ち上がる。理由なきおそれの実態がここで焦点を結ぶといっていいだろうか。このあたりの場面の立ち上げ方や、定型の呼吸は絶妙だ。
佐太郎は、意外と?心理主義的な作家であり、普通なら見えなかったり感じないことを鋭敏に感じてしまうような歌も多い。

 

ゆくりなき石ころのかげに僅かなる砂をとどめて嵐なぎたり

移動するこごしき音に飛行機のやや後方の空よりつたふ

 

「僅かなる砂をとどめて」「やや後方の空よりつたふ」いずれも、普通なら見過ごしてしまいそうな部分であり、しかしながらそれによってこれらの歌は、リアリティーのあるものとして生き生きと立ち上がる。普通とはちょっとだけずれた部分、そこにこそ読者が臨場感を感じるのはなぜだろう。