門ありて秋風ききし日はいつぞ独裁者死ぬみな急死なり

前川佐美雄『捜神』(1964)
 
 
独裁者に似合う季節というものがあるならば、それは夏ではないだろうか。ぎらぎらと照る太陽が大地を灼き尽くす季節。しかし、季節が過ぎてゆくように、どんな人間にも死はあっけなく訪れる。
 
語り手は、独裁者を糾弾している訳でも、逆に偏愛している訳でもないだろう。ただ淡々と事実を述べているような下の句「独裁者死ぬみな急死なり」には、しかし、時代の移り変わりに対する冷めた視線と、そこはかとない秋の物悲しさとが感じられる。
 
近頃急に冷え込んできたせいか、そんなことを考えながらこの歌を読んだ。
 
『捜神』には、終戦後8年間の作、1704首が収められている。歌集中には塚本邦雄が傑作と絶賛した、
 
 
  火のごとくなりてわが行く枯野原二月の雲雀身ぬちに入れぬ
 
 
のように格調高い歌があるかと思えば、「日記」と題された章に置かれた、
 
 
  どの家の犬でもありどの家の犬でもない小泉八雲の犬が来てゐる
 
  入浴は健康によしと朝朝の銭湯を言ふわれが一度も行かず
 
 
など、ラフで奇妙な歌も。ロマンチックな歌も哲学的な歌も取り混ぜた、ごった煮感のある一冊ではあるが、全体を通して、どこか苦みばしった哀感が漂っている。
 
犬全般に弱い私は、
 
 
  野良犬を追ひ返すべく棒投げぬ棒かんと藪の竹に鳴りたり
 
  小半日われに従(つ)き来し野良犬がいま野良犬の伴(とも)を見つけぬ
 
  あとになり前(さき)になりしてわが犬のある時は外(そ)れて萩むらに入る
 
  飼犬の口あけさせてその荒くながき舌見けり人に呉るる前
 
 
野良犬に対しても飼い犬に対してもあくまでクールに振る舞い、しかしどこか寂しげな中年・佐美雄の姿に、ちょっとぐっときてしまうのである。
 
 

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