小黒世茂『やつとこどつこ』(2012)
表題にもなっている連作「やつとこどつこ」から。この歌の前には、
周防大島の鯛漁師のもとへ
干し章魚のもつれる脚の二・三本横目に見ながら大橋渡る
さあ、あがりんさいと言はるるまへにあがるなり鯛の鈎(つり)型ならぶ二階へ
ピアノ線たたきこすりて一瞬に釣針つくるえびす爺さま
などが並んでおり、鯛漁師の生活ぶりにすっかり引き込まれる。
周防大島は瀬戸内海に浮かぶ島。義経が水軍を終結させた辺りであり、源平の合戦と縁が深い。正座をしたまま魚(鯛?)を釣り上げる「爺さま」のスタイルは、土地に伝わる物語を心から大切にしているようにも見えるし、釣りを熟知し、余裕しゃくしゃくで糸を垂れているようにも見える。なんとも存在感のある人物だ。
口蹄疫ニュースながるる蕎麦屋より祭りの渦へまたもとびこむ
背古さんは勢子、由谷さんは油採り、梶さんは舵取り、表札たどる
スプレーのやうに演歌をまき散らし銀のトラック那智の浜越ゆ
小黒世茂の旅の歌には、その土地その土地の風俗がたっぷりと盛り込まれている。韻律にはあまり粘りがなく、続けて読んでいくとやや淡白に感じるときもあるのだが、さらりとした文体で、人々の生活が生き生きと描かれているのが特徴だと思う。
旅の歌以外からも、好きなものを挙げておく。
単四形ぱちりとはめれば電子辞書やつとうごきて「うざい」あらはる
重心のそれぞれちがふ瓢箪をまぶしむやうにふたり子育てし
いま夫は浪速の空をおしあげつつ伸びをするかも 西方あかるむ