都築 直子


何ものの声到るとも思はぬに星に向き北に向き耳冴ゆる

安永蕗子『魚愁』(1962年)

 

昨2012年の3月17日、安永蕗子は92歳で死去した。

1956年、36歳の作者は第2回角川短歌賞を受賞して(第1回は該当者なし)、読者の前に現れた。この歌は、その後の生涯で十七冊の歌集を編むことになる彼女が、歌人としての出発にあたり第一歌集の巻頭に置いた作品だ。

 

何かの声が聞こえてくるわけではないのだが、<わたし>は耳をすませて北の夜空にある星に向かう、と歌はいう。すると、聞こえないはずの何ものかの声が聞こえてくるような気がする。

 

「北」へのあこがれを述べて、スタイリッシュな一首だ。美しい。かっこいい。新人離れしている。上の句「何ものの声到るとも思はぬに」がすでに、そんじょそこらの新人が逆立ちしても出てこないフレーズだが、下の句「星に向き北に向き耳冴ゆる」に注目する。北の夜空にある星に向かうことを「星に向き北に向き」と表現する技。「耳澄ます」などでなく「耳冴ゆる」を持ってくる腕。韻律も凝っている。7・7と正攻法を取らず、5・5・5と意表をつく。いや、「星に向き北に/向き耳冴ゆる」と切れば8・7だが、ここは5・5・5のリズムと読みたい。この韻律に、若き安永の野心を感じる。第一歌集の巻頭にこういうテクニカルな歌を置く新人はいったい何者か、と読み手に思わせたい。しおらしく5・7・5・7・7などで行かない。

 

いまあらためて一首を読むと、動詞が多いことに気づく。五つある。到る、思う、二つの向く、冴える。よく、いい歌の条件は動詞の数が三つ以下だといわれるが、それにも逆らっている。動詞をたたみかけて名歌となった、源実朝<大海の磯もとどろに寄する波われて砕けてさけて散るかも>を、あるいは踏まえているだろうか。同じ動詞のたたみかけでも、実朝作の動に対して、安永作は静。おもむきは百八十度ことなる。

 

一首の美意識のありようは、時代を反映するだろう。60年安保前後の、政治的前衛短歌的な時代。歌集上梓前年の1961年には、塚本邦雄『水銀伝説』、岡井隆『土地よ、痛みを負え』が、前々年の1960年には春日井建『未青年』が出ている。

 

夕まけて灯いるる時よ未青年その腕及ぶ限り伸ばして  安永蕗子

 

歌集の巻末近くに置かれた歌だ。「未青年」へのエール。作者のおちゃめ、といいたくなる遊び心と、前衛短歌の時代を生きた歌人たちの連帯意識を感じる。

 

完成されたスタイルを持って登場した作者は、時代の流れに関知せず己のスタイルを保ちつづけた。初心忘れずとも、偉大なるマンネリともいえる。性根がすわっていないと出来ない行き方だろう。その性根のすわり方は、すでに第一歌集巻頭歌にあきらかだ。