水低く鳴き渡る鴨力あり明日ならず今日ならぬ闇のはざまに

馬場あき子『ふぶき浜』(昭和56年)

 水辺の低いところから鴨の鳴く声が聞こえてくる。冷え透る夜気を伝わって聞こえて来たその声は、力強い声だと思った。寒さや闇を恐れない、生きるものの生の意志を伝えるものだと作者には感じられた。暁闇の、明日でもないし、今日でもないというような、曖昧な一時。私もそのような非決定の時を過ごしている。いまここの闇のはざまにある私のたましい。私もあのような力がほしい。

 

霜の鳥つくねんとして並びおり滅ぼされたるもののごとくに

ささら波たたしめており冬鴨のいくたび嘴を洗いかなしむ

やや久しく水にその首さし入れて水底の闇みる鳥のいる

 

たぶん三首とも鴨のことではないかと思って、並べて引いてみた。どれもよく観察してその生態を写しているようでありながら、作者自身の心象風景としても読むことができるような、景と心情との重ね合わせがある。

 

人生にまことすべなき時多く微笑すること自ら憎む

(あめ)なるや沖のかもめご(つち)なるや白玉椿触れで別れん

 

こころが尖っている時の歌。それから何かを思い切り、断念しようとする歌。

「人生にまことすべなき時多く」。本当にそうだ。大事をおいて笑っている自分が許せない。「天なるや沖のかもめご地なるや」。ああ、天地の情持つうから、生あるものよ。高みを目指して飛び、美なるものを極めんとしてひらき、己の生をまっとうせよ。私はその気高さにふれ得ずに別れるほかはない。そのような、あなたとも。秘する恋の題詠として一集を読むとおもしろい。