松村 由利子


窓のそとに木や空や屋根のほんとうにあることがふと恐ろしくなる

         石川信雄『シネマ』(1936年)

 

歌の理解、鑑賞について、「わかる」「わからない」ということが論じられる場合がある。「わかる」ということにはいろいろなレベルがあり、一人の読み手にとっても、それは変化する。全くわからない、あるいはそれほどよいと思わない歌が、あるとき不意に理解でき、美しく感じられる――そんな恩寵のような瞬間がある。

この一首を読んで、「あっ」と初めて合点がいったような気持ちがしたのは、つい先日のことだ。新国立美術館でひらかれている「マグリット展」を見て間もない私の脳裡に、窓際に置かれたキャンバスと窓から広がる風景が重なりあった「人間の条件」と題した作品が、まざまざとよみがえった。

マグリットの絵では、イーゼルに立てかけられたキャンバスに木や空などの風景が描かれ、その絵が窓から見える風景を隠しているような構図である。キャンバスの風景は、実際の風景とつながっているように見える。マグリットはこの絵で「不在の表象」というテーマを追求したのだ。「いま我々がみている風景さえ、あるいは虚構かもしれない」という不安をかきたてられて初めて、私は石川信雄の表現しようとした「ほんとうにあることが恐ろしくなる」気持ちを理解できたように感じた。そして、彼が前衛短歌の先駆とされる「新芸術派短歌」を牽引したことを改めて思う。

石川の第一歌集『シネマ』が出版されたのは1936年、マグリットが「人間の条件」を描いたのは1933年。シュルレアリスム運動の最も盛んだったころである。