松村 由利子


さんさんと夜の海に降る雪見れば雪はわたつみの暗さを知らず

       山田富士郎『アビー・ロードを夢みて』(1990年)

 

美しく、どことなく怖さを感じる景だ。「わたつみの暗さ」は、呑み込まれてしまいそうな深い闇である。

「夜の海」が本当に暗いことを、離島に移り住み、初めて実感した。夜に海沿いの道路を車で走り、海と山を左右に見るとき、山の輪郭は何となくわかるのだが、海の方は「墨を流したような」という表現がぴったりするような粘度の高い暗闇が広がっていて、何も見えない。

しかし、ここで詠われている「暗さ」は、実際の海原の暗さに加え、歴史的な闇をも内包しているのだろう。「わたつみ」という語が詠み込まれた万葉以来の歌や文学の数々の重みは計り知れない。その中には、戦没学生たちの手記や手紙を収めた『きけ わだつみの声』も入っている。

地球上に存在する水は絶えず循環しているから、眼前の雪片もかつては海の一滴だったかもしれない。けれども、そんな記憶を持たない雪は、「わたつみの暗さ」を知らず、無垢そのものの白さで暗い夜の海に呑まれ続ける。果てしなく繰り返される無惨な美しさというものを描いた名歌である。