染野信朗「行け染野へと」
※「男」に「を」とルビ
染野太朗・吉岡太朗発行『太朗?』(2015年)より
歌人の染野太朗さんが「信朗」という筆名(?)で、奈良県葛城市の染野を訪れ、先祖に思いをはせるという趣旨の連作より。
ここで古代には染料となるアカネやムラサキを栽培していたことや、当麻[たいま]という地名の由来などを詞書で述べつつ、ゆるゆる詠んでゆきます。
水筒の麦茶ぶらぶら提げたるまま一五〇〇年の時越えてゆく
染野へと降りて私もまた染野ご先祖さまの声の止まざる
という調子で、こちらも誌上の旅に同行している感覚が気持ちよく、くりかえし読んでしまいました。まるで地名が人格を有したかのよう。
柳田國男は地名を「二人以上の人の間に共同に使用せらるる符号」と定義しています(『地名の研究』)。地名は人間のいるところにしか存在しないという当然の事実を、染野さんも再認識したのでしょう。
大津皇子や中将姫の伝説にも触れたあと、唐突に「もうすぐ孫が生まれるのだ。」という詞書とともに掲出歌がうたわれます。孫って?
秋の終はりの縁[ふち]のきれいな月読[つくよみ]ぞわらふ太朗を見下ろしてゐる
という歌で連作がしめくくられるということは、孫は太朗さん、信朗さんは太朗さんのおじいさん?
染料に通じる「あをき夕焼け」という色あいも、「投げてよこす」者の姿もまた伝説めいて、染野さんが生まれたこと自体がmystery(謎、神秘)に思われてきました。
掲載誌『太朗?』は、たまたま同じ名をもつ歌人ふたりが「短歌同名誌」と銘打ち制作した60ページ余の冊子です。文芸創作の原点は同人誌であると信じる私にとって、この企画は理想的な遊びに思えました。
明後日は吉岡太朗さんの歌を読んでみます。