今井恵子


空白について考えようとしてその人が立つ窓辺を思う

土岐友浩『Bootleg』(2015年・書肆侃侃房)

 

「~について考える」というとき、たいてい「~」には、イメージし易い物や事がはいる。猫について考えるとか、宇宙について考えるとか。考えるときは、見知った猫の顔を思い浮かべたり、衛星画像にうつる星々を思い描いたりする。

 

「空白について考える」という初句を見て、ちょっと立ち止まった。ふつうの「~」と違う。しかも「空白を思い浮かべる」でなく、「空白について考える」。高踏的思索的で、哲学している感じだ。それでも、「空白について考える」ときは、まず心に空白を思い描くらしい。するとそこに「その人」が現れるという。「その人」はたぶん、いつでも無意識層に潜んでいて、機会があると意識の中に現れるのだろう。言われてみれば、人が人を思う初めはこんなふうだなあと合点した。この歌は、従来の分類によれば相聞歌だが、「考える」と「思う」、無意識と意識の間をうまく言い当てて、とても新しい。

 

夕暮れがもうすぐ終わる対岸に雪柳ふっくらとかがやく

踊り場の広い窓からふりそそぐひかりは水を飲み込んだよう

自転車はさびしい場所に停められるたとえばテトラポッドの陰に

 

『Bootleg』を読んでいると、風景が、心の中にやわらかく自ずからな感触で広がっているのに気づく。それは作者が用意した素材による景色ではあるが、この場合、素材は契機にすぎないだろう。読者は、読者自身の心に潜むイメージを呼び起こしながら歌の言葉を広げてゆく。そのため、歌の中に空間を感じるのであろう。主眼は、雪柳や踊り場や自転車ではなく、空間にある。

 

「空白について考える」は、人間の心理について、作歌について、世界について考えることなのだと思われた。