光森裕樹


年末の十億円が当たったら/当たらなくてもバイトは辞める

パンダの赤ちゃん「短期バイトとかれぴっぴ、どっちが大事?」
(『立命短歌』4号:2017年)


(☜8月25日(金)「学生短歌会の歌 (5)」より続く)

 

学生短歌会の歌 (6)

 

年の瀬を場面とした連作には、身も蓋もない歌が並ぶ。
 

かれぴっぴはお肉が好きなイケメンで貰った指輪をメルカリで売る

 

「かれぴっぴ」は「彼氏」を意味するのであろうが、その脳天気な呼び方の裏には複雑な想いがありそうだ。整った顔つきの「かれぴっぴ」が、貰った指輪をネットオークション「メルカリ」で売りさばいていることを知っている。それが、私があげた指輪でも、他の誰かからもらった指輪でも救いがない。果たして彼は「彼氏」と呼べる存在なのか分からない。とりあえず「かれぴっぴ」と呼んで、明るく思考を停止させる。
 

お祓いはあてになんない 神社より湘南美容外科クリニック

 

不運な人生を変えるには、神社ではなく美容外科に駆け込むほうがいい。整った顔つきになれば、皆が寄ってくる、ということか。なかには、高い肉をおごってくれる人も、指輪をくれる人もでてくるだろう。お肉は売れないのでおいしく食べて、指輪は売ればいい。「かれぴっぴ」を見習って、メルカリで。
 

水道水を日本酒だって思って飲んだらめちゃ酔った イマジネーションの勝利(ブイッ)

 

美醜に対する醒めた見方が描かれる一方で、暴走する妄想力は現実にも影響およぼす。お酒だと信じれば、ただの水でも酔える…わけはないのに、「ブイッ」とポーズをとれるほど自己暗示がきまってしまっている。もはや、危うさの一線は確実に踏み越えられてしまった。
 

この「ブイッ」の一首に続き、連作を締めるかたちで掲出歌は置かれている。
 

年末の十億円が当たったら/当たらなくてもバイトは辞める

 

もし年末宝くじで十億円が当たったら、「かれぴっぴ」がうんざりするほど肉を買え、勝手に売りに出された指輪を落札できるだろう。湘南美容外科にも行きたい放題だ。日本酒が出る蛇口を家につくってもいい。もちろん、バイトなんて行かなくても…と、考えたところで現実に戻る。あんなバイト、貯金や稼ぎがなくなっても行きたくないし辞めてやる、と。
 

掲出歌のスラッシュには、一首を妄想と現実のふたつに分ける効果があるだけではなく、突き抜けたテンションの連作全体を一気に破壊して、嫌な「バイトを辞める」という日常生活のちいさな現実的決断に着地させる。その落差がおもしろい。
 
 

(☞次回、8月30日(水)「学生短歌会の歌 (7)」へと続く)