生沼義朗


重藤洋子/無言になり原爆資料館を出できたる生徒を夏の光に放つ

重藤洋子(2019年宮中歌会始の儀入選歌)


 

前回に引き続き、2019年の宮中歌会始の儀の入選歌で特に印象に残った作品を紹介したい。

 

作者は岡山県に在住する、50歳代の中学校の国語教師。平和学習で生徒を広島の原爆資料館に連れて赴いた際の歌。意味内容にわからないところはない。表現的には下句がこの歌をこの歌たらしめているところがあって、三句までの平易な描写を受けた「夏の光に放つ」が原爆資料館の室内と屋外だけでなく、過去と現在、戦争と平和、悲惨な現実と理想への希求、館内の静寂と外の喧噪、心情の暗と明といったさまざまな対比を端的に提示する。その手際があざやかなため、読者に鮮烈かつすがすがしい印象を残す。「放つ」という動詞の選択も、中学生が持つ無尽蔵かつ爆発的と言ってもいいくらいのエネルギーと絶妙に釣り合っている。

 

 

分離機より光りて落ちる蜂蜜を指にからめて濃度確かむ     大貫春江

 

 

同じく今年の入選歌である。栃木県在住の70歳代の方の作品で、50年以上前に経験した養蜂の作業を詠んだものという。この歌も一読して意味内容を理解できる。「光」の題で直接的な光を詠むのではなく、蜂蜜に含まれるいわば間接的な光を詠んだところが技ありで眼を惹く。しかもこの光は、美しさの背後にある膨大な作業や労苦などの複数の要素をも反映している。下句の「指にからめて濃度確かむ」も、具体的な動作が歌のリアリティを高めている。「分離機」という、短歌ではめずらしい名詞から一首を詠い起こしている点も効果的で、一首全体のひらがなと漢字のバランスにも神経が通っている。

 

 

宮中歌会始の応募数は毎回2万首を超えており、今回は21,971首だったそうである。入選歌は年齢の若い順に披講されるが、今回の最年少入選者が16歳でその次が58歳と、20歳代から40歳代が一人もいなかったのは気になった。しかもそれは今回に限ったことではない。応募状況を反映してのものか、単に20歳代から40歳代のよい作品が乏しかったからなのかはわからないけれど。

 

応募する人の短歌への向き合い方も人それぞれだろうが、放送では今回の入選者中最年長の89歳の高知県在住の男性の、30歳代から歌会始に送りはじめて今年50年越しで入選したエピソードが紹介されていた。ここまで彼を駆り立てたものは何かということにも、個人的には興味がある。

 

普通の人は一生のうちに宮中に参内したり、天皇陛下にまみえることはまずない。考えてみれば宮中歌会始というのも不思議な行事で、一般から詠進歌を募ったなかから選ばれた10名が宮中に参内して歌会始の儀式に参加する。小説や俳句などの文芸の他のジャンルの作者がこのような形で宮中に呼ばれることはない。

 

もちろん、歌壇という言葉に代表されるいわゆる現代短歌の世界と、宮中歌会始とでは場の機能がそもそも違うのは事実だし、普段短歌を作っているなかで天皇制との繋がりを意識することはそれほど多くないだろうが、他のジャンルと違って短歌がその点で一種特殊な立ち位置にいることは認識しておいていい。岡井隆がかつて歌会始の選者になったときの論争も、その複雑な立ち位置を示している。

 

平成最後の宮中歌会始の録画と、翌日の新聞に発表された出席者の歌を読みながらそんなことを考えていた。