生沼義朗


鑓水青子/この国に愛されたいと書店にて詩集一冊もとめていたり

鑓水青子「真冬ロシア」(「短歌人」2018年7月号)


 

今回取り上げる「真冬ロシア」は15首からなる一連で、「短歌人」の新人賞にあたる髙瀬賞の受賞作である。昨年の第17回は鑓水と鈴掛真の2作受賞だった。

 

ゴルバチョフをののしる会話とぎれなくシベリア鉄道の車内にききたり
エレーナもイリヤもオリガもアリョーシャもレーニン復活説を信じき
極東発展省の本部はクレムリンにないという 五月の雪はあゆみ鈍らす
地下ふかくエスカレーターはつづきいて永遠に抱けぬ赤子のごとし
この雪が融けきるころは白夜ならむ水たばこ呑む男らしずか

 

「真冬ロシア」は10年以上前の一時期ロシアに住んでいた作中主体が、旅行者としてモスクワを訪れる内容である。一連は連作構成が優先され、一首一首の強度はそれほど強くない点は方法論の差なので瑕疵とは思わないが、気になったのはリアリティの薄さと一連全体に漂う既視感だった。この場合は先行する誰かの作風や特定の作品を想起させるものよりは、全体に手慣れた印象があたえる既視感である。さらに一首一首の掘り下げの浅さや場面転換の速さもあって、読んでいて物足りなさを感じたのは事実だ。もっとも15首では言い果せられない大きなテーマかつ構成だったとは思うが。

 

掲出歌は2017(平成29)年にロシアを再訪した際の歌。ちなみに引用した1首目と2首目はロシアで暮らしていた2006(平成18)年冬の回想詠で、3首目以降は2017(平成29)年の歌だ。多くの歌でモノの手触りが薄いところがリアリティの薄弱さにつながってしまっている。リアリティはディテールに宿る。掲出歌も、「書店にて」を省いてその分「詩集」のディテールの描写に言葉を費やすことは充分可能だったはずだ。もしかしたら、本当にロシアに行って詠んでいるのかと疑う読者もいるかもしれない。そう感じるのはやはりディテールの書き込みが足りないからで、ゆえに心の深いところまで歌がなかなか届いてこない憾みがあった。

 

ここから先は鑓水の歌とは直接関係ない話であり、7月16日の池田はるみの回の際に書ききれなかったことでもあるのだが、15年ほど前にある総合誌の新人賞で相撲を詠んだ歌を含む一連が候補に残った。一連の評価は決して低くなかったが、ある選考委員が「相撲を詠んだ歌は池田はるみさんにかないっこない」と述べ、それだけが理由ではなかろうが結果的に選に漏れたことがあった。新人の作品に対して、既成歌人の作品を引き合いに出すことはフェアでないのではないかとの批判は成り立つ。

 

一方で、どんなジャンルでも同じだが、評価の際に先行作品の既視感がその作品の評価を下げてしまうことは普通にあり得る。これは理屈ではない。ということは賞という場に限らず、新人は先行者の既視感を感じさせない工夫が必要で、その方法はいくらでもある。

 

奇しくも鑓水は「短歌人」2019年1月号で「既視感ってだめなんですか」という文章を綴っている。要約すると、

 

 

鳥が鳥を追いまわすときの旋回の鋭さ わたしいつまで生きる  相田奈緒
別紙2を3に、3を4にして、あしたは角煮丼食べてやる  山本まとも

 

 

の2首がかつて短歌人の歌会で既視感を指摘された例を挙げ、既視感があると言われればそうかもしれないが、どちらも情景はあざやかに描かれた上に作者の心情も見える魅力的な作品であり、既視感を悪とする風潮に異を唱えている。

 

文章の主旨は理解する。先の2首は自分にはそれほど既視感を感じなかったので、この歌を物差しに考えれば鑓水の主張には頷ける。一方で、これが既視感バリバリの作品だったら鑓水の主張は著しく説得力を欠いた印象になっただろう。

 

既視感の評価は難しく、その作品に既視感を感じるか、そしてその既視感への是非はケースバイケースとしか言いようがない。とどのつまり、既視感自体が読者の主観にある程度以上委ねざるを得ない評価軸であり、表現とはおよそ主観で判断せざるを得ないものなのだ。

 

とはいえ、既視感をあえてよいかダメかの二分法で語ればダメと言わざるを得ない。詩歌で慣用表現が忌まれる理由は、ひとえに作品を陳腐に堕としてしまうからである。既視感を悪とする風潮も同じところから発している。

 

一方でどんな作品でも既視感が完全にゼロということはまずあり得ない。共通の知識や体験があるからこそ一首を理解できる場合も多く、それは既視感とシンクロしやすいことも多い。既視感の濃淡や質は千差万別で、セーフとアウトの線引きは歌によって都度異なる。そしてそれは場数を踏んで自分で見極めるしかない。

 

鑓水とは同じ結社で、しかも鑓水が受賞したとき選考委員だったものの鑓水の作品は推さなかったこともあって厳しく書いたが、既視感の件はともかく、先程挙げた作品の難点を鑓水がいち早く乗り越えることを祈っている。