真鍋美恵子『雲熟れやまず』角川書店,1981.09
さて、このごろよく読んでいる「手」につづいて、今日は「指」の歌。
「指紋なまなまと」と、初句八音という変化球から語り始める語り手。
それゆえ、この「なまなまと」が音韻のうえでも悪目立ちして、「指紋」の「なまなまと」感がより際立つようなつくりになっている。
つづく「皆生きをらん」も、生を「指紋」に見出すことの奇妙さにぞっとします。
そして下の句、「この夜ダリアがうつくし過ぎる」。
「ダリア」の色については触れられていないものの、「この夜」という場面の設定によって、真っ黒な花弁のそれを彷彿とさせられます。
と同時に、茂吉の「ダアリヤは黒し…」を思い出すひとも、少なくはないでしょう。
指がいきいきとし過ぎているのが、この歌集全体をつつむ怖さの特徴でもあって、
地下ふかくわれは入りゆく蛭の如き指して切符を人は切りたる
爪切りて切りたる爪のとびし方昏々として夜が生れゐる
などは、「指」や「爪」が生身のにんげんの一部としてではなく、
そこから切り離される、あるいは分裂することで、別個の存在としてふるまっているよう。
この一首においても、まるで「指紋」の渦が、ぐるぐると視覚的に目立って、ホラー映画のワンシーンを思い浮かべてしまう。
ダリアのグロテスクな美しさの、ますます際立つような一首です。