三月はぬたといふじき春泥によごるるごとき葱が甘くて

 『クウェート』黒木三千代

 「ぬた」というのは魚介や野菜を酢味噌で和える食べ物だが、もともとは沼地や湿田、どろ、ひじなどを「ぬた」と言ったことが語源となっているようだ。春先に食べたくなる料理の一つで、この歌では葱の「ぬた」をつくっている。「三月は」とあるので、やはり春先の味わいと思っているのだろう。ちょうどその頃は「春泥」の季節である。春の季語にもなっているこの言葉は、雪解けや霜解けによるぬかるみのことだが、都市化や舗装化がすすんだ現在では想像できないかもしれない。

もちろんこの歌はたんなる季節感にとどまるわけではない。「春泥によごるる」にも、「葱が甘くて」という結句にも、ほのかな官能をまとった世話物的な味わいがあるからだ。とりわけ「よごるるごとき」という比喩と、「甘くて」という言葉を流した語感が重なって、苦く甘い恋の情緒に読者を誘うのである。一九九四年刊行。

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