目薬のつめたき雫したたれば心に開く菖蒲あやめむらさき

 『一点鐘』岡部桂一郎

 目が弱くなり、日々しばしば目薬を差す。「目薬のつめたき雫」が目にしたたると、「心」に「むらさき」の「菖蒲」の花が開くという。いわゆる心眼が開くということであろうか。しかし、心眼というのは事の真相を見分ける心の働きのことで、映像とはかかわりないことだろう。この歌の「菖蒲むらさき」は「つめたき雫」が呼びおこしたイメージであることは言うまでもないが、なんと色鮮やかな「心」の比喩であることか。さらに、目薬が目に落ちた瞬間にむらさきの菖蒲が開くという、その視界の切り換えもきわめて映像的だ。歌集には「一円のアルミの硬貨落ちている畳の冬陽路傍のごとく」という歌もある。「菖蒲」の歌と同じように、日常の場面を映像化する巧みな手法によって、世界が迷路のようにつくりかえられてしまう不思議さがある。二〇〇二年刊行の第四歌集。

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