食卓のむかうは若き妻の川ふしぎな魚の釣り上げらるる

『E/T』岡井隆

 食卓のむこうに「若い妻」という「川」が流れている。渡れるのかどうかと思案するように眺めながら、夫は「ふしぎな魚が釣り上げらるる」と思う。夫にとって新しい「ふしぎ」がはじまったということだろうか。一首全体が暗示的な表現なので、意味は読む人の想像のままにということだろう。わからないままに、「川」と「魚」の関係に重ねられた男女の情景にとらわれてしまう歌だ。たとえば、彼は若い妻をどのようにして釣り上げたのか、などということも、いわば〈とらわれ〉の一つである。作者はこの頃、若い妻と結婚し、いわゆる新婚生活であったようだ。歌集の「あとがき」に、「妻は、一番近いところに居る〈他者〉だが、由来、謎深いことで知られる。夫から、年がはなれてゐる「若い妻」をモデルにして歌を書いた。苦しい作業だったとみえて夜々にみる夢はさんざんに乱れた」と記す。二人の名前の頭文字をタイトルにして、老年の生と性を切り開いた新しい形の愛の歌集である。二〇〇一年刊行の書き下ろし歌集。

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