真夏、還つて来たのは小さな石だつた。小石のままの母のおとうと  

        高尾文子『約束の地まで』(2015年)

 

激戦地で亡くなった場合、遺骨の代わりにその地の石や砂が入れられた骨壷が遺族に届けられることも少なくなかった。

防衛省の防衛研究所には、ガダルカナル島における陸軍次官の口演要旨を記載した冊子が保管されている。昭和十八年に書かれた、その資料に「作戦ノ特質上、遺骨ハ必スシモ還ラサルモノアランモ英霊ハ必ス還ル…」という言葉がある。この時点で、遺骨というか遺体の収容を断念していた戦況の厳しさが窺われる文章だ。

「小さな石」を渡された遺族は、戦死の事実をなかなか信じることができなかっただろう。「英霊ハ必ス還ル」と言われても、それは自宅なのか、靖国神社なのか――。「還つて来た」という言葉には、「還つて来はしなかつた」という嘆きが滲む。

上の句の口語のやわらかさは、やり場のない悲しみをいっそう強めており、「小さな石だつた。」と言い放った後の沈黙は深い。「母のおとうと」は永遠に若いままであり、そのことの象徴のような「小石」である。