マンホールの蓋を持ち上げ残雪を捨てて世界はまた春になる

佐藤涼子『Midnight Sun』

(2016年、書肆侃侃房)

 

歌集はⅠとⅡの2部構成。Ⅰの前半、見たことのある歌が? とよく考えたら、この「クオリア」の7月26日記事で引いていました。

東日本大震災(という呼称は出てきませんが、出てくる地名や会話からそう判断される)の被災状況を写実的に書きとめた歌が、歌集では1ページ4首の密度で、スピーディにつらねられています。

それは震災から5年目までの報告としていったん区切られ(7月26日の歌はこのパートの最後のほうにある)、その後は1ページ3首組みとなります。広がる行間、そのレイアウトの工夫が、変わってしまった風景にただよう空虚さを東北に住んでいない者にも伝えてきます。

そんなⅠ部の終わり近くに掲出歌が置かれています。結句は〈春になる〉と自然現象のように述べられていますが、そこまでの行為は能動的です。

雪国の生活を知らないので、マンホールの蓋を持ち上げる作業が日常的になされるものなのかわかりませんが、光景は思い描きやすい。持ち上げる物体の重量感を受けとめるように、世界という大きな概念語が用意されます。

春を待つ祈りという以上に、「世界をまた春にする」とでも言いかえたくなる積極的な気持ちがありそうです。

Ⅱは2首組みで、愛した人、愛する音楽のことなどを、たんたんと。

 

ガリラヤのイエスのようにボーカルは観客達の頭上を歩む

 

ミュージシャンのカリスマ性を聖書の故事になぞらえているのもユーモラス。作者の根の明るさ、強さを思わせます。