わが体が、のうっと高く/伸びるごとくおもはれて、/ふいと佇みし。

 

                              土岐善麿『黄昏に』(1912年)

 

 何かの錯覚だろう。自分の背が「のうっと高く」伸びるように思われた。どういう状況でそういう変な感覚に陥ったか、ここでは明らかにされない。いやむしろ意識的に明らかにしないのだろう。一瞬の錯覚を「のうっと高く」という、直感的なオノマトペで切り取っている。自分の背がふいに伸びたように感じるというのは、感性を鋭敏にしていったり、物事を深く突き詰めていったりした末に感じた世界ではない。疲れたり、眠たくなったり、うわの空になったりした時に、意識の上澄みのところで感じたものであろう。意識の上澄みを流れていった感覚を歌に掬ってきているところが面白く、シュールレアリズムに近い感じがする。一瞬一瞬の感覚を自動筆記的に掬ってきているように思われるのである。そして、結句では「ふいと佇みし」というように、客観的な「われ」が回復されている。

 人の背が急に伸びるという感覚は、現在ならCGなどでビジュアル的に体感することもあるだろうが、なかなか斬新な感性だったのではないだろうか。言葉によって、新たな感性が切りひらかれている、そんなふうに思われるのである。

 

 

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