炎の尖は澄みて春暮のあかるさへのびあがりまたのびて澄みゆく

田村広志『旅の方位図』(1986年)

*炎に「ひ」のルビ。

 短歌を作りはじめた頃、いくつかの手本にしようと思う作品があった。その内の一首が、田村広志さんのこの歌である。

大学院に籍を置いていた頃、学生時代から参加していた、岡野弘彦が率いる国学院大学の折口博士記念古代研究所の万葉旅行に加わっていた。その年は大和の北側を廻る旅であった。年末の一週間ほどをリュックを背負って、ほぼ徒歩で万葉集ゆかりの地を歩く。記紀万葉の時代の空気をたっぷり吸収し、そして最後の日に旅の間に作った一首を提出し歌会がひらかれる。それこそ万葉びとのような日常とは違う心の凝縮があるのだろう、はじめて作ったにもかかわらず、質の良い歌が並んだ。そこで短歌に目覚め、歌人への道を歩みはじめたものも多い。私もその一人であった。

その日は葛城古道を歩くために御所の駅前にバスを待っていた。風の森峠まで、そこを起点にして葛城山麓の道を北へたどり、葛城山の山頂ロッジに泊まるというのが旅程であったと思う。大和の西の山の辺の道であり、舗装された車道が多いものの、車がそう通るわけでもなく楽しい道である。

岡野先生は、年末は多くの雑誌や新聞の〆切をかかえていて、旅行中もポストを探しては前夜に書いた原稿を投函したりしていた。その日は、新聞に求められた年間秀歌5首選といったような原稿を投函されようとしていた。そこで最後の一首をどうしようか迷っていられたようだ。そこで、ぽつりとつぶやかれた。周りを学生が取り囲んでいたが、先生はこの歌を小さな声で読み上げて、これだな、というようなことを言われた。

一首の全てを記憶することはできなかった。しかし、「春暮のあかるさへのびあがり」という表現に伸びやかなものを感じ、これはいいなと思った。夕暮れのほの暗い春の空へ、燃え上がる透明な火が揺れる。その感覚は今でも覚えている。一首の全体を読んだのは、それが新聞紙上に発表された後であるが、短歌は、春の夕暮に焚かれた火をこのように詠めるということ、そこに青春の憂愁を感じ、強い共感を持った。短歌における詩とは、こういうものではないのか、私はこんな歌をつくりたいと思った。

田村さんの歌そのものの鑑賞にはならないのだが、わが若き日の感傷に浸りたく、今日の一首はこの歌にすることにした。