ハートには尖るところと凹むところひとつずつあり今凹むところ

遠藤由季『アシンメトリー』(2010)

 

なるほどと思った。赤いハートのマークそのものにへこむところと尖ったところが一つずつある。そしてそれは精神状態のことも同時に表していてポジティブな時とネガティブな時であるという。凹むとはその形のように作者の心も沈んでいるのだ。そしてみんな同じハートの形だから、誰にでもそんな時はあるんだよと言ってくれてるようにも感じる。

 

『アシンメトリー』は相聞歌集と言ってもいいだろう。

 

おおよそはこんな痛みか君の痛みにわが過去の痛み当てはめて痛む

夕暮れが貼り付いたままの車窓へと頭ぶつけて君は眠りぬ

夕暮れの記憶の中にいつまでも君は靴紐直していたり

 

お互いに想いは通じ合っているが、作者が「君」という存在を心配し支えようとする気持ちが静かに歌集全体に広がっている。一首目では、相手の痛みをどうにかして理解しようとしている作者がいる。恋人同士だからすぐに理解できるなどといわないところがいい。一人の人間が一人の人間を支えることがどんなに難しいことか考えさせられる。二首目では疲れ果てた君の姿と上の句の窓の描写が合っていて切ない気持ちにさせられる。三首目では記憶の中の「君」を取り出すとき、それは靴紐を直している場面だった。不器用さや歩き出すのを躊躇っているような「君」を感じる。相手とともに苦しみを共有しながら歌集の巻末では少しハートのとがった方へ二人が到達し読者として安堵した。

 

一週間ぶりの晴れ間に膝の裏干すように歩く郵便局まで

君とわれ時おり光を投げあえり眼鏡をかけて本読む午後に

 

一首目の「膝の裏干すように」は面白い比喩で健康的な感じがする。二首目はキラッキラッと眼鏡を反射させながら本を読む二人。作者にはこのような透きとおった健やかさがありそれもこの歌集の魅力のひとつだ。