中津 昌子


出くはせる牛におどろき跳びのきし大松達知(たつはる)都会つ子なり

桑原正紀『月下の譜』(1996年)

 

わがパートナー、大松達知さんの名まえが詠みこまれた一首。この歌は、「大陸時間―山西省行」と題された中国旅行をうたった章にある。

 

牛に出会ったとたん、すさまじい勢いで退った「大松達知」さん。固有名詞が詠みこまれて、それが効果を発揮する歌は少なくないが、ここでもオーマツという音の延び具合、タツハルという張りのある音が与える効果はなかなかのもの。

 

・ただに広き天安門広場はこの国の摑みどころなき様にかも似る

・市たちて賑ふ町に揚げ麵麭(パン)をよろこび喰らひ腹くだしたり

・貧しさは粗塩(あらじほ)のごとくあらはなれど素(そ)にして簡(かん)の生活がある

・宿酔の高野公彦も乗せて発つバスは二百キロかなたの町へ

 

中国の風土、お国柄、町の雰囲気、生活感、そんなものが豊かにとらえられている。しかし、その中に登場する面々は……。

 

・宮柊二が眠れぬ夜も過ごしける元陸軍病院くらき建物

 

終わり近くにはこんな歌もあり、しんとした気分になるのだが、それにしても出てくる弟子たち(知らない方もおられると思うが、ここに出てくるのは歌誌「コスモス」に所属する方々のお名前である)の姿を思い返せば、宮柊二も苦笑いというところではないか。

宮柊二という人については、作品しか知らず、ちょっとその笑い顔を浮かべにくいのだが、ふと、くだけた表情も想像されたりして、味わい深い一連である。