生沼義朗


「皇族食品」といふ会社あり台湾にお菓子の餅をつくり売る会社

小池 光『山鳩集』(砂子屋書房・2010年)
※『山鳩集』は砂子屋書房の現代短歌文庫131『新選 小池光歌集』に全編収録されている。


 

前回および前々回の歌とは直接の関係がないのだが、前に触れた1月16日の宮中歌会始のテレビ中継を録画で見ながら、不謹慎にも想い出してしまったのがこの歌である。

 

何と言っても、「皇族食品」というネーミングを持ってきたこと、しかもここから詠い起こしていることが第一の手柄と言える。中国語の「皇族」が日本語と異なるニュアンスの可能性もあるが、あえて斟酌しない。「皇族食品」という字面が短歌形式を通し、日本語としてあたえる印象こそがこの歌の肝だからだ。

 

「皇族食品」は別にフィクションであっても読者は何ら困ることはないのだけれど、やはりこれは本当にある会社だろう。というより、小池光が本当に「皇族食品」の存在に心が動いて掲出歌が産み出された、そうであってほしいという妙なあこがれというか願望、そしておそらくそうに違いないという根拠のない確信が自分にはある。この図式は、同じく小池光の

 

 

美少年切腹(はらきり)饅頭といふものが会津にあるといふはまことか 『草の庭』

 

 

とも共通する。もっとも、掲出歌の収められている「紅餅」一連は12首から構成されるが、標題にもなった紅餅に関わる歌はこの歌と次の

 

皇族がつくりたまへるべにの餅つるるんとしてのみどをくだる

 

だけで、どのような経緯で台湾の「皇族食品」を知ったかについては明らかにはされない。そして淡々と描写し、しれっと語っているようで人を食っている。

 

掲出歌をあらためて見てみると、二句の「といふ」など全体の口ぶりはかなり散文的だし、意味内容も基本的には「皇族食品」の説明で、いわゆるただごと歌である。ゆえに読んだときに短歌らしさを感じない読者もいるだろう。もちろんこれは計算されつくされたもので、そうそうできるものではない。

 

一首の韻律についても押さえておきたい。音数を勘定すると九七五七八となり、音の流れとしてはややいびつな印象を持つかもしれない。初句の「皇族食品」による字余りは、前述の通りこの語から一首が始まるインパクトに意味があるので、これは動かせない。

 

三句以下の「お菓子の餅をつくり売る会社」も句跨がりのある字余りで、特に「つくり売る」が韻律に瘤のようなでっぱりを発生させており、読者は否応なく立ち止まらされる。さらに「つくり売る」がまるでひとつの複合動詞のようになっている点にも注目したい。もちろん「つくり売る」などという複合動詞は本来ないわけだが、B to B (Business-to-Business) であれ B to C(Business-to-Consumer)であれ、製造業はとどのつまりモノを作っては売る会社であり、平易な表現に不思議な説得力と普遍性を含んでいる。

 

脇が甘いように一瞬見えてまったく隙がなく、器の使い方に余裕と熟練の技を感じる。『山鳩集』は第八歌集。2004年から2009年までの6年間、年齢で言えば57歳から62歳までの作品を収める。ますます円熟かつ自在の境地を極めて行く過程の小池光の一首である。