生沼義朗


中澤系/明日また空豆の殻を剥くだろう同じ力をかけた右手で

中澤系『uta0001.txt』(雁書館・2004年)


 

中澤系が39歳の若さで亡くなったのは2009(平成21)年4月24日。もう10年も経つのかと思う。考えてみれば、前に取り上げた笹井宏之と中澤系が同じ年に亡くなっているのはもちろん偶然なのだが、短歌史の流れとして捉えたとき、エポックメイキングと言うと不謹慎に感じられるかもしれないが、やはり感慨は禁じ得ない。

 

『uta0001.txt』はもともと病に倒れた中澤にかわって、同じ「未来」に所属するさいかち真が編集して2004(平成16)年に雁書館から出版されたものである。前回の安井高志のときもそうだったが、歌友が歌集の出版に尽力し、上梓へこぎつけるケースは多い。編集や費用など乗り越えるべき課題ももちろんあり、その熱意や行動は本当に尊い。後に雁書館が解散したため長く古書でしか入手できない状態が続いていたが、「未来」の本多真弓や、中澤の妹の中澤瓈光らによって「中澤系復刊プロジェクト」が立ち上げられ、2015(平成27)年に双風舎から新刻版が出版された。さらに双風舎版も絶版となってやはり古書でしか入手できなくなったこともあり、2018(平成30)年2月に皓星社から復刊されている。

 

経緯を知らない方のために長々と記したが、復刊自体が短歌ではめずらしい出来事と言っていい。それを為し得たのは関係者の尽力はもちろんだが、何より作品に魅力があり、なおかつ作品に引き寄せられて読みたいと願った読者が一定数以上いたからだ。なぜ読者を惹きつけるかといえば、中澤の歌は世界を更新したい意志にあふれているからに他ならない。中澤は特に社会システムに対する思索を深める方向からアプローチした。中澤の代表歌として、

 

 

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって

 

 

が今でもよく語られるのは、その特徴をもっとも象徴的に表しているからである。世界を更新したい意志から思想的な思索をもって歌を作り上げる方法論は、中澤の師である岡井隆ならびに前衛短歌の戦い方にも通じる。

 

掲出歌に眼を移すと、明日もまた同じ右手で、同じ力をかけて空豆の殻を剥く。その奥には、どうせ明日も今日と同じ一日に過ぎないだろうという諦めと焦りがあるのは間違いない。下句の表現に実感と無力感がこもっている。3番線の歌に比べるともっと日常のモチーフや感覚に引きつけた印象で、だからこそ中澤の思考や、もっと言えば焦りがよりはっきりと感じられる。

 

『uta0001.txt』に収められている歌は、1997(平成9)年から2001(平成13)年までの約5年間の作品であることにあらためて意外な印象があった。おそらく中澤の歌が時代に耐えうる強度を持っているからゆえだろう。そして、時代の閉塞感は当時と変わらないどころかますますひどくなっているのが自分の偽らざる実感である。今であれば中澤はどのように時代を、システムを、そして自身を描いたか。そんなことを思いながら一冊を再読していた。