小池光/はるかなる野辺の送りに野球帽子とりて礼(いや)せり少年われは

小池光第四歌集『草の庭』(1995年・砂子屋書房)


 

前回の柏崎驍二の歌を読んだとき、私には思い出される二つの歌があった。
今日はそのうちの一首を紹介する。

 

・はるかなる野辺の送りに野球帽子とりて礼(いや)せり少年われは

 

小池光の第四歌集『草の庭』に収録されている。
草野球に向かう途中だろうか、遠くの方に野辺送りの列が見える。少年とはなんの縁もない葬儀の列。その列に少年はわざわざ「野球帽子」をとって一礼したのだ。「野球帽子」は、歌の音数からも、一般的にも「野球帽」と言うほうが自然のように思われるけれど、「野球帽子」と言っている。そのとき少年が被っていたものが野球帽でしかなかったこと。間に合わせの精いっぱいの気持ちが丁寧に「野球帽子」と言わせている。そして、それだからこの第三句の「野球帽子」という一字余りの体言が、しんと、ここに少年が一人でいることを立証するように思う。

 

この歌でも、「はるかなる野辺の送り」というひとつの光景に対し、「野球帽子とりて礼せり」の主体が「少年」――世間的なものをまだ持たない――であることが、帽子を脱ぐという行為の純度を高めていると思う。

 

さて、この歌は少年の頃のある一場面の記憶として、ずっとあとになって作者に詠われたのであるが、場面が場面として清しく提示されているのは、「野球帽子とりて礼せり」という動作が抜き書きされているためである。こうした詠い方をとても短歌的だとつい思ってしまうのだけれど、多くの短歌作品のなかでは案外特殊な歌の姿なのではないかと最近思うようになった。私がこの歌を短歌的だと直感してしまうのは、

 

不来方(こずかた)のお城の草に寝(ね)ころびて
空に吸はれし
十五の心   ――石川啄木

 

海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり ――寺山修司

 

こうした啄木や寺山の歌が短歌に親しむ以前から脳裡に焼き付いているからであると思われる。
これらの歌でも「不来方のお城の草に寝ころびて」や「麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」という、自己の動作を見せる、つまり自己を客体化することで、ひとつの場面が創出される。そのようにして創出されたシーンは言外の情感とともに読者にも共有されるのである。それはスクリーンの世界に似ている。それは、思いを吐露したり、景を描写することで自己の内実に迫るようなアプローチとは根本的に違うのであり、だからこそ啄木も寺山も、短歌の異端児であるのだった。もちろん多くの人が彼らの模倣はしているのだけれど、それが他の歌人を模倣する場合と異なり、模倣としての限界を持つのもまた、こうした歌の作りが起因しているように思う。場面やシチュエーションはどうしても型を持つ性質があり、既視感を回避するのが難しくなるのだ。

 

こうした手法が、石川啄木、寺山修司、柏崎驍二、小池光といった東北の歌人に共通することは興味深い。

 

さて、ともかくも、

 

秋日照る林の岸のみむらさきうつくしければ帽脱ぎて見つ 柏崎驍二

はるかなる野辺の送りに野球帽子とりて礼(いや)せり少年われは 小池光

 

この二つの歌はいずれも、ある風景に対して、「帽子を脱ぐ」という行為のみが抜き書きされていて、それ以上のことは何も言わない。だから、「帽子を脱ぐ」という行為そのものが、美しい光景となって情感を生んでいるのである。