佐々木漕『天飛む』2023年
200人は多すぎる。5階建だと1フロアに40人が住んでいることになる。部屋の広さを一人8畳とすると40人*15㎡=600㎡、25メートルのプール2枚分といったところか。コの字に部屋を並べたら1000㎡あれば足りるだろうか。200人、ありえなくはない。しかし、職場の同僚が同じ寮に住んでいるわけで、部屋が違うと言ってもプライベートの時間に鉢合わせする機会は多くなる。この環境に適応できる人は本当に強いと思う。
憎しみが「組織」に向かうのが独特な感じだ。特定の誰かではないのだ。黒瀬珂瀾の跋文によると、佐々木は大手メーカーの管理職を勤め、グループ子会社の社長として本州西端に単身赴任していたらしい。具体的な企業名や地名はわからないが全国に営業拠点があって社員寮を持っているような大きな企業なのだろう。従業員数が数万人規模の企業では組織の構造は深い階層構造を持つようになる。「組織」を憎むとは、そこにいる誰か一人に向けられるものではなく、人を管理する仕組みそのものへ向く作者の意識の表れだ。冷静に構造を見ようとする意識、作者の美質があるように思う。
人を管理するというと冷たい感じがするが、マネジメントは基本的には対象(個人や製品)が成果創出するための支援である。マネージャーは成果を決めて、組織の力で成果を達成するように動く。決まった手順が実行されるようにするのもマネージャーだし、手順に問題があれば構造そのものを自分で変えなければならない。マネジメントの本質は課題設定と課題解決である。
「うつむき出でて組織憎めり」ここではマネジメントが破綻している。従業員が働きやすいようにするために寮は存在すべきだが、そうなっていない。
東京の本社に呼ばれ幾層の狭霧の中の人らと対する
このあたりの歌は、大企業のステレオタイプと一致する(大企業のイメージは私の中では島耕作なのだが……)。対するが去らない。企業には企業の倫理があって、適応と拒絶の間を行ったり来たりしながら作者は強く生き続ける。
ねばるような旋律でいう会社とはぎりぎりの噓または郷愁
妻ふいに仕事やめたらというときに天飛む軽き心となれり
「天飛む(あまだむ)」は「かる」「かり」にかかる枕詞だ。やめたら?と言ってもらえることで心が軽くなる。生々しい現代の感覚が歌に表れている。どれだけ企業の中で対立をしても「仕事を辞める」は絶対に言えない禁句だったのではないか。言えないとは、考えてはいけないということでもあり、作者を過剰に適応させようとする、自らを抑圧する思考があったのだと思う。それを他者であるところの妻に言ってもらえることで、楽になる。「仕事を辞める」を考えるための免罪符が与えられたのだ。それが愉悦だったと作者はいう。
管理職を定年まで勤められる人は本当に強いと思う。敬服している。
