逢坂みずき『昇華』2025年
東日本大震災から十五年が経った。震災を生き残った、あるいは生き残されてしまった人にとって、「死にたい」と口にすることには、どこか禁忌に近い感覚があったように思う。多くの人が亡くなった出来事のあとで、生きている者が自分の死を望む言葉を発することは、被災地の倫理に反するように感じられる。
逢坂は「死にてぇ」と言いながら、その前に「少し」と置き、さらに「思った」と過去形にする。なぜ死にたいとおもったのか一首のなかには書かれていない。ただおそらくは仕事や生活のなかの不如意な瞬間、そこから遠く離れたいとおもった瞬間、変えられないものを変えなくてはいけないと感じた瞬間に、「死にてぇ」と心の声が漏れたのではないか。
そして続く下の句では、「死にてぇと思えるくらい時間は経った」と言い換える。死にたいという感情そのものよりも、それを思えるようになるまでの時間の経過が主題になっている。
この歌の中心にあるのは「時間」である。震災直後には言えなかった言葉が、十五年という時間ののちに、ようやく小さく口に出せるようになる。もちろん、それは本当に死を望んでいるというよりも、「そう思えるほどには日常が戻った」ということでもある。死にたいと言えるほど、時間が経った。逆説的だが、その言葉は生き延びている時間の長さを示している。
震災の話をするとき、私はいつも先に「当時、家族は全員無事だったんだけど」と前置きしてしまう。たぶん、言わなくてもいいことなんだけど、つい言ってしまう。そのあとで「一階は津波に飲まれた」と続ける。震災から何日か経ったあとに公開されたgooglemapの航空写真で、まだ水の引かない石巻の街を見た。濁った水のなかに、実家の二階だけがぽつんと残っていた。わたしの家族ーー母と叔母と祖母は、そのとき死んだのだと思った。
家族は生きていた。しかし、あの光景を見たとき、自分の中の一部は確かに死んでしまったような気がする。いまでも、ときどき自分が空洞のように感じられることがある。
逢坂の歌にある「少し」という言葉は、その空洞の縁に触れている。強い絶望でもなく、劇的な感情でもない。ただ、ふと「死にてぇ」と思う瞬間がある。そのことをようやく言葉にできるほど、時間は経ってしまった。
