生沼義朗


謎彦/朕ひとりだめになっても朕たちの木型は朕のことおぼえてる

謎彦『御製』(私家版・2003年)


 

前々回に引き続き、前回も短歌における私性に触れた。その際、「短歌における私性を考えるとき、個人的にいつも頭に浮かぶいくつかの歌集がある。藤沢蛍歌集『時間(クロノス)の矢に始まりはあるか』や謎彦歌集『御製』がその筆頭として浮かぶ」と書いた。前に書いた内容と重なるのでかなり悩んだのだが、やはりこの際『御製』には言及しておきたい。

 

『御製』は便宜上私家版と記したが、体裁はコピーした紙をホチキスで中綴じした冊子である。黄色の上質紙の表紙には、集題と竜の紋と「奉祝 太祖高皇帝陛下萬壽聖節」の文字が右横書きで記される。扉には「御眞影」と題する作者の写真に、朝冠と口髭顎鬚が黒いサインペンのようなもので書き足されている。次の頁には「我ガ太祖高皇帝、御諱ハ謎彦、日本舊朝ノ昭和四十八年ニ御降誕アラセラル。即チ翌年元旦ヲ以テ我ガ端華元年ト為スナリ。舊朝ノ皇胤河原左大臣融公ノ御裔孫ト傳ヘ、故ニ源ヲ以テ本姓トセラルルモ、御肇國御登位ニ當リ此ヲ癈サセ玉ヒ、爾後謎彦トノミ御名告リマス。日本舊朝ノ帝國大學及大學院ニ御研鑽アラセラル。時ニ御先代ノ思シ召サルル所ハ、御列祖列宗ノ如ク官禄ヲ食マセヒ玉ヒ、兼ネテ沙門ノ道ニ勤メサセ玉ハン事ナレドモ、固ヨリ御鴻志御大望ノ諾ハセ玉フベキ所ニ非ズシテ、從ヒ奉ラセ玉ハズ。」とある。著者・謎彦のプロフィールだが、同時に本書のマニフェストになっている。さらに奥付は「端華三十年(引用者注・西暦2003年)七月二十五日 太祖高皇帝陛下萬壽聖節 印行」と、いい意味で徹底的に遊んでいる。

 

『御製』は短歌の私性を揺さぶった試行として突出したケーススタディだったと同時に、現時点では歌集随一の奇書と言える。これは褒め言葉だ。

 

 

旅それはぼくの匂ひのする中に金色堂を置いてみること
目には目を、花には花を畫き足してあしたから親政をはじめる
民草に溶け込めぬから民草も薔薇も生えない多摩陵がすき

 

 

作品を読むと、謎彦は「謎彦」なる、現実世界とは異なる世界の〈皇帝〉という作中主体像を作り上げ、一冊に展開させていることがわかる。藤原龍一郎が提唱した「ギミック」は本来仕掛けや策略を意味する英語だが、特にプロレスラーのキャラクターを指す。作品に魅力と説得力をあたえる目的で、作中主体像を成形する技法である。その際にフィクションが組み込まれることもしばしば行われるが、多くは作品を整えるために導入され、作中主体像の根幹を揺さぶるものではなかった。

 

謎彦の作中主体はもちろんギミックではなく、パラレルワールドの皇帝を短歌作品で立ち上げることにより、自己の文脈による世界の再編を試みたのである。また、一冊の方法論だけでなく歌からも前衛短歌の影響を強く感じた。その意味で謎彦は前衛短歌がかつて試行錯誤してきた私性を拡張し、衣鉢を継ごうとしたと言える。

 

『御製』の作中主体は現実世界には存在し得ない意味で虚構だが、岡井隆が提唱した「短歌における〈私性〉というのは、作品の背後に一人の人の ―― そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということ」(『現代短歌入門』・講談社学術文庫・1997年)という有名な私性の定義を援用すれば、謎彦の作品世界がひとりの作者像に収斂されているのは間違いない。

 

一方で先の定義と照らし合わせると、少なくとも「謎彦」名義ではもうこれ以外のキャラクター造形は不可能となる。その意味で『御製』は完結した一冊であり、こうした傾向の作品の量産は可能かもしれないが、謎彦がこの作風を継続して作り続ける意味をあまり感じない。

 

『御製』の発行は2003(平成15)年だ。前回取り上げた大村早苗歌集『希望の破片(カケラ)』と、それに付随して触れた斉藤斎藤歌集『渡辺のわたし』が翌年の2004(平成16)年の刊行である。結果的には偶然かもしれないが、私性を問い直そうとする動きが相次いでなされたことは興味深い一致である。あらためてこの時期を私性の観点から検証してみることが必要な気がしている。