生沼 義朗


清水正人/いちめんの嵌め殺しの波しんしんと調理場の窓海に向かへり

清水正人『波座』(ながらみ書房・2009年)


 

今回も前回前々回に引き続き、飲食に携わる仕事の歌である。

 

タイトルの『波座』は「なぐら」と読む。主に静岡や和歌山、宮城、茨城などで使われる言葉で、波のうねりや沖で起こる高波を意味する。

 

掲出歌の作者清水正人は1956(昭和31)年静岡県湖西市生まれ。2000(平成12)年に「水甕」に入会、2008(平成20)年に「水甕」編集委員と静岡県歌人協会委員に就任している。『波座』は第1歌集である。

 

清水は40歳頃まで東京で会社勤めをしていたが帰郷し、湖西市の鷲津にある家業の食堂を継いで3代目となった。仕事の歌を多く取り上げてきたが、飲食に携わる歌人も多くはないものの存在する。清水の出身高校の古文教師でもあった村木道彦の跋文によれば、鷲津は工業都市である浜松市に近接し、清水が故郷を離れていた約20年の間に浜松の主な産業である繊維、楽器、輸送用機器の下請け企業の労働力として日系ブラジル人を中心とした外国人が流入してきているという。歌を読むと、清水はそうした日系ブラジル人を対象にした食堂を経営していることがわかる。

 

掲出歌は歌集冒頭の2首目に掲げられている。「いちめんの嵌め殺し」でまず作者の感じている圧迫感や切迫感を提示し、それが「波」と「調理場の窓」の両方に掛かる。「しんしんと」は「波」を受けつつ、「海」と「向かへり」に掛かる複雑な構造の文体だ。そしてそれが作者の鬱屈とした心情をあますところなく表現している。

 

 

ガスに火の廻るたまゆら西風(にし)巻けば同報無線の語尾めくれゐつ
みつしりと底まで大汗かきをればペットボトルの置き所なし
ブイヨンの濁り引かむと卵白のうすくらがりを指に梳きゐつ
くたくたとフェージョ煮ゆるを逆光にほほゑみは深き宙吊りの疵

 

 

四首目の「フェージョ」には「〔ポ〕黒いんげん豆」の語釈が付される。〔ポ〕はポルトガル語だ。ブラジルを代表する料理にフェジョアーダがあるが、これは黒インゲン豆と豚肉や牛肉(内臓や耳、鼻、足、尻尾などの部分も含む)を煮込んだもので、おそらくそれを作っているものと思う。二句までは仕事に即した現実の景色を詠むが、下句は作者の心情の描写に力点が置かれ、一気に人生の苦みが漂う。清水の仕事の歌はこうした造りのものが多い。その意味で仕事の歌というよりも労働の歌と呼んだ方が清水の歌の位相によりふさわしい気がする。

 

体験や見聞きしたものを描くとき、事象にクローズアップして描くのと心情にクローズアップして描くのでは、読後感は当然異なる。心情により比重が置かれるとき、否応なくそれまでの来し方が背後に漂ってくる。そのときに一種の男くささが満たされるところに清水の歌の個性があり、最近ではめずらしい味わいを持つ歌集として、刊行当時から強く記憶している一冊である。