中津 昌子


人と見し夜の桜に仄かなる色ありしことまた夢に顕つ

稲葉京子『天の椿』(2000年)

 

 

「人」はどんな人だったのだろう。
うっすらと恋の情緒が漂う。

顔が見えない「人」が、夜の桜の印象にやさしく寄り添う。

そのことが、「仄かなる色」をさらにふくらませ、そしてやわらかなうすい色が、いくたびも夢を彩る。

 

この歌は「桜乞食(さくらこつじき)」と題された章に収められている。

 

・忽ちに歴史にほろぶ城のごとし夜目にましろき一木(ひとき)の桜

・千年の桜と聞けばいかにせむ千度(ちたび)の花の白をおもふも

・夕つ方降り出でし雨あるとしもなき紅をさくらの一木(ひとき)に置くも

・千万の葩(はなびら)流れ人は花に逢ふなりまして人に逢ふなり

・のちの世の者に見せむと植ゑたらむ影も来て佇つ桜ふぶきや

 

桜の時期、花に向かってさまざまな思いをふくらませ、長い時間を思いやるのは、日本人に特有のことだ。

いろいろなことが廃れてゆくが、桜にまつわる長い文化を、花の頃が来るたび、ごく自然に、わたしたちが引き継いでいっていることを思う。