久我 田鶴子


古本にひとすじ銀の毛光りたり時間はにわかに曲がりはじめる

中津 昌子 『記憶の椅子』 角川書店 2021年

 

人の内側に、時間はどんなふうに流れるか。

手に入れた古本を開いて見ると、そこに一本の白髪が挟まっていた。ひとすじの銀の毛は、光ることによってその存在を主張している。この本の前の持ち主が、にわかにそこから立ち上がる。やや年配の人か、この本を読み、やがてこの本を手放したその人。その人とこの本がともにあった時間。どんなふうにその人はこの本を読んだのだろう。どんなふうな感想をこの本に抱いたのだろう。どんな理由でこの本を手放したのだろう。

古本の中に「ひとすじ銀の毛」が光るのを見たところから、作者の内側の時間は過去に向かって流れはじめる。つまり、「時間はにわかに曲がりはじめる」。

「ひとすじ銀の毛」と感じたからこそ、にわかに時間が曲がりはじめたのかもしれない。「一本の白髪」では、現実にきすぎていて、想像をいざないきれないかもしれない。

 

胡瓜の輪にひろがる宇宙の透きながら酢の香は満ちるたそがれどきを

 

この一首では、時間よりも空間。

今晩のおかずの一品は、どうやら胡瓜の酢の物らしい。輪切りにした胡瓜に透けている宇宙。塩もみにした後に甘酢をかけるのだ。すでに酢の準備もできていて、たそがれどきの空間には酢の香が満ちている。

輪切りの胡瓜の宇宙から、酢の香に満ちた黄昏時たそがれどき、その先に広がる宇宙へ。台所にいることさえ忘れてしまいそうだ。

透ける薄緑いろ、酢の香、暗くなりかかった時間帯(たそがれどき)。浄められたような時空がひろがる。