永井 祐


電柱と塀の間をくぐりぬけパワーを出そう次のそれまで

阿波野巧也『ビギナーズラック』

 

 

 

歩いているところの歌。
道の脇に電柱が立っていて、片側には塀が続いている。
車も通るような道なのか、片側にそって歩いている。
電柱をかわすには二パターンあり、道の中央よりによけるか、「電柱と塀の間をくぐりぬけ」て行くか。
前者のほうが自然だけど、ここはあえて後者でいこう。
それによってパワーが出るから。

わたしはこんな感じで読みました。これでいいのかな。
ときどき思いますが、短い言葉からこういう3D空間を立ち上げるのはときどきややこしくて、それ自体が面白いことな気がします。
この歌の場合、シンプルっぽいですけど、リアルタイムの3D空間が現われる。

電柱と塀の間をくぐり抜けるとパワーが出る。
こういう変な前提がある。しかも次の電柱まで続くぐらいのパワーである。
何か小学生みたいだなと思います。
小学生はよく、こういう謎の決めごとをして歩いている。
道がなんとなく通学路っぽかったり、パワーが出るゾーンの設定がゲームっぽかったりするせいでそう思うのかもしれない。

こどもみたいな感覚が詠われていると思うのですが、
いいなと思うのは、自分でつっこみを用意しないところ。「変なことだと思うけど」「こどもっぽいとは思うけど」という意識が歌の上に見えると、わりと寒くなる。
歌にもよりますけど、これの場合は読む方がつっこめるようになっていて、それがいい気がします。

最後に、「パワーを出そう」という言い方が印象的でした。
「パワーを出す」は、ある種とても雑な言い方で、詩歌・文芸っぽくなく、リアルに日常的な言い回しでもある。しかしここでは取り換えられなそうに見える。
わたしの場合は、なんか元気っぽいなと感じます。その場では疲れてるのかもしれないけど、根本的に。

雑な言い方のなかに生命力が見えたり、丁寧な言い方に弱っている姿が見えたりする。なぜなんとなくそれがわかる(気がする)のかは不思議な気がします。