上妻朱美『姶良』(砂子屋書房、2021年)
紅葉というのは、色づきはじめてからそれがすっかり色づきおえるまで、ずいぶんと長い時間をかけて進行する。そしてそれが、散りはじめ、散りおわるまでもまた、長い長い時間を要する。その大きな時間の流れ、季節の移ろいのなかのこれは「あらわれ初め」のころ。小さな発見であり、またこれからの時間のことをおもって立ち止まり、「見下ろす」一首でもある。ひとつひとつの樹を主体とせず、林に「あらわれ」たと述べるところに独特がある。
赤や黄のあらわれ初めし林冠を白銀坂に立ちて見下ろす
歌集ではこういうふうにルビがふってある。林冠というのは林の冠。林の上の部分といったらいいか、陽のひかりをまずまっさきに受ける部分のことである。ここが「赤」や「黄」に(樹によって葉によって色が異なりながら)ほつほつ色づきはじめ、それがやがて林全体へ及んでいく。
赤、黄、という色を浮かべて、それを見下ろして立つ場所に「白銀」の字があるのがたのしい。この坂は集中ふたたび出てくる、郷土史をもった坂である。そうしたこともあわせて読めば、土地とのゆたかなるつきあいを反映したこの歌集を、やさしいところで象徴するような一首とも言える。やわらかな調べのなかに、林冠の冴えたひびきが耳に残る。